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日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

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2018年11月20日(火)例会予告

論題:近世中期における『尚書』研究

報告者:石運

要旨:
 『尚書』また、『書』『書経』とも言い、『詩』『礼』『易』『春秋』と併せて「五経」と称する。『尚書』は、三代からの史実や制度を記録するもので、漢代以来、統治者に重視されている。しかし、その原文は秦火によって散佚し、残篇しか残されなかった。漢の伏生の口授する二十八篇のほか(『今文尚書』と称す)、孔子旧宅の壁から発見されるものや河間献王本など民間より収集された逸書(『古文尚書』と称す)、東晋の梅賾の献上した五十八篇(偽『古文尚書』と称す)など様々な版本が現れ、その真偽を弁別し、内容を考証するための「尚書学」が次第に成立していった。その議論は主に二つに分類できる。(1)『尚書』の成立と伝承問題、(2)『尚書』の性格と内容に関する理解。
 中国における『尚書』の学術史に関しては、一本の論文で収拾し得るはずがないが、今回の問題関心は、主に近世中期の日本における『尚書』に対する受容と再解釈である。
 『尚書』は古くから日本に伝来し、統治者によっても重視されていたものの、近世以前、その研究を真剣に取り組む人は極めて少なかった。時代は近世に移行し、儒学の世俗化とともに「尚書学」も清原家一族に限定されることから解放され、新たな動向が見られるようになった。とはいえ、近世初期では、それに対する関心はなお低かった。近世中期に入り、学者たちは、宋明の「尚書学」の成果を受容しながら、その独自な見解を提示していた。従って、本報告ではこの「尚書学」の受容史を検討し、当該期の儒学の問題関心と最新動向を把握し、その背景となる東アジアにおける学問と思想の移動・交渉を明らかにする予定である。

参考文献:
・山口智弘「荻生徂徠の『尚書』観――『尚書学』攷証」『日本思想史学』(四二)、二〇一〇年;「『尚書』堯典と荻生徂徠――読解と思索について」『中国』(二六)、二〇一一年
・水上雅晴「日本中世時代『尚書』学初探――清原家的経学為考察中心」『揚州大学学報』(人文社会科学版)第一七巻第四期、二〇一三年
・青木洋司『宋代における『尚書』解釈の基礎的研究』明徳出版社、二〇一四年
・竹村英二『江戸後期儒者のフィロロギー――原典批判の諸相とその国際比較』思文閣出版、二〇一六年
・佐藤道生「清原家の学問体系と蔵書」『書物学 第十三巻』勉誠出版、二〇一八年

史料:
・東京大学南葵文庫蔵『書反正』明和二年刊本
・吉川幸次郎・清水茂校正『伊藤仁斎・伊藤東涯』岩波書店、一九七一年
・京都史蹟会編纂『林羅山文集』ぺりかん社、一九七九年
・三宅正彦編集・解説『古学先生詩文集』ぺりかん社、一九八五年
・三宅正彦編集・解説『紹述先生文集』ぺりかん社、一九八八年
・日野龍夫編集・解説『鵞峰林学士文集』ぺりかん社、一九九七年
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2018年11月13日(火)例会予告

論題:加藤周一における「藝術」の戦後思想

報告者:福井優

要旨:
 評論家、加藤周一(1919–2008)は、文学・政治・社会といった広範にわたる領域を縦横に論じた戦後知識人だが、『芸術論集』(岩波書店、1967年)、『日本その心とかたち』全10巻(平凡社、1987–88年)に代表されるように、とりわけ藝術に関する強い関心を持ち続け、評論や研究を精力的に展開した。本報告では、これまで本格的に論じられることの少なかった加藤の藝術論に焦点を当て、同時にその思想的営為が、戦後日本における人間や社会の変容という問題に深く根差すものであったことを論じる。
 したがって、本報告の問題の所在は、戦後日本に対峙し続けた加藤が、藝術的創造や藝術的感性、また日本の伝統的藝術に、どのような可能性を見出そうとしていたのかである。以上を踏まえ、具体的には、①加藤は高度成長による1950年代後半の日本社会や人間の変容をどのように受けとめていたのか、②それに抵抗するために藝術の重要性を説いた加藤の藝術論とはどのようであったか、③加藤が見た日本の伝統的藝術の可能性とはどのようであったか、の3点について検討し、今回は①②を中心に報告する。

参考文献:
・加藤周一『加藤周一著作集11 藝術の精神史的考察Ⅰ』平凡社、1979年
・加藤周一『加藤周一著作集12 藝術の精神史的考察Ⅱ』平凡社、1978年
・加藤周一、鷲巣力編『加藤周一著作集19 藝術における伝統と現代性』平凡社、1997年
・加藤周一、鷲巣力編『加藤周一著作集20 日本美術の心とかたち』平凡社、1997年
・都築勉『戦後日本の知識人――丸山眞男とその時代』世織書房、1995年
・小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉――戦後日本のナショナリズムと公共性』新曜社、2002年
・鷲巣力『加藤周一を読む――「理」の人にして「情」の人』岩波書店、2011年
・趙星銀「「高度成長」反対――藤田省三と「一九六〇年」以後の時代」『思想』1054号、 2012年
・海老坂武『加藤周一――二十世紀を問う』岩波新書、2013年
・小関素明「加藤周一の精神史――性愛、詩的言語とデモクラシー」『立命館大学人文科学研究所紀要』111号、2017年
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2018年度日本思想史研究会特別講演会(一)

2018年度の研究会助成プログラムの一環として、11月6日に特別講演会を開催致します。

テーマは、「近代国家に於ける儒教と神道」です。

論題1:「教科書としての明清聖諭――近代日本学校教育における明清聖諭の受容と変容」
講師:殷暁星(立命館大学衣笠総合研究機構)

論題2:「長沢雄楯と稲荷講社――月見里神社史料からみる活動認可過程と社会的意義」
講師:石原和(国立民族学博物館)

皆様の御参加をお待ちしております。

2018年年度日本思想史研究会特別講演会(一)
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2018年10月30日(火)例会予告

論題:佐々木惣一の憲法解釈:「国民」・「国家」を巡って――『帝国憲法』から『日本国憲法』へ

報告者:路剣虹

要旨:
 八〇年代以来、「文化立国」という国家イデオロギーへの提起と共に、「国民国家論」に対する批判も高揚して来た。「国民国家」の内核は統合された国民的イデオロギーと同時にナショナリズムともいえる国民的感情である。一見すると日常生活と遠く離れるような国民的感情の形成は日常生活を通して国家に育てられるものである。しかし一方、歴史的には、民族独立及び民主主義など、所謂国民の独立及び国民思想を向上させようという議論の中に含まれているナショナルな要素を徹底的に排除することは難しい。
 道徳的・道理的にいえば、人間にとって永遠に追求している「幸福」は、もし単なる個人的・私的なものになればエゴイズムに落ちいる故に、我々は一人の人間として、個人的自由や向上(全体主義に抵抗)及び人間性である愛(エゴイズムに抵抗)が同時に期待されている。それは、従来民衆の「勤勉」、「倹約」という禁欲的道徳訓や「奉公」の思想、そして近代に於いては「理性」「公共性」として現われ、近代以後は特に個人の内的世界における私的権利意識と公的責任観の統一との融合が求められる。公的責任は必ず共同体内部に実現しなければならないもので、個人的自由との衝突が避けられない。その場合、個人としての「国民」は如何にその矛盾を調和できるか。言い換えれば、日常生活の「邪魔者」とも見なされるナショナリズムは何故人々に受容されるか。国民国家論を超えるために、国家・国民を超えるために、まず以上のような問題を考えなければならない。特に「戦後」という激変する時代において、知識人はどのような国民イデオロギーを再建しようとしたのかという問題を考察する必要がある。
 本稿は、その一例とする佐々木惣一の持論を取り上げ、憲法学における「国民」・「国家」の存在のあり方及びイデオロギーの特徴を分析し、戦後日本知識人による国民イデオロギーを再構築する過程を思索したい。

参考文献:
・盛秀雄『佐々木惣一博士の憲法学――帝国憲法論から日本国憲法論へ――』成文堂、一九七八年
・尾高朝雄『国民主権と天皇制』国立書院、一九四七年
・佐々木惣一『立憲非立憲(国民普及版)』弘文堂書房、一九二〇年
・佐々木惣一『日本国憲法論』有斐閣、一九四九年
・佐々木惣一『立憲非立憲』呉PASS復刻選書九、一九五一年
・松尾尊兌「敗戦前後の佐々木惣一――近衛文麿との関係を中心に」 、人文学報 (九八)、二〇〇九年
・伊崎文彦「戦後における佐々木惣一の平和論――『自衛戦争・自衛戦力合憲』論者の平和主義」、 市大日本史 (九)、二〇〇六年
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2018年10月23日(火)例会予告

論題:義満期の改元問題

報告者:馮志超

要旨:
 室町期の公武関係について、90年代からすでに権限吸収論(武家政権による公家政権の吸収)が再検討され、同じく公武対立史観も問題となった。その結果公武の一体化・融合を表す公武統一政権論がその流れで通説化している。こうしたことから、権限の掌握者を一元的に捉える見方は克服されたとは言えよう。しかしながら、室町期全体を公武統一政権論あるいは権限吸収論から説明しようとすると、いずれも無理が生じる。狭義的に言えば、義満の朝廷復興政策と上皇・法皇のように振る舞う尊大な姿勢とを一つの枠組みで説明することは難しい。つまり、公武関係に時期差を加えてみると、従来の直線的な公武関係論の理解には問題が生じる。 
 それに、改元問題も常に、公武関係論の変遷の流れの中で語られてきた。従来室町期の公武関係を論じるために、権威・権力を考察する一要素として改元問題が取り上げられる。権限吸収論の文脈では、改元にたいする武家の発言権が強力である。更に今谷氏によると、もともと天皇の権限である改元権を義満がまるごと吸収して、天皇には改元詔書の様式上の名残りをとどめているだけと論じ、義満の皇位簒奪論につなげていく。その後、皇位簒奪論・権限吸収論の検討では、久水氏は改元権を発議権と選定権に分けて、まず発議権を上級公卿に所在すると指摘した。そして、選定権について公卿たちが能動的に関与していることに対し、天皇は受動的な立場として機能していると論じる。公武の関係も統一政権論にそって、武家の「権威補強」と公家の「公事維持」の相補関係であると結論付けた。
 本報告では、時代の変化に注目しつつ、義満期の改元問題を取り上げる。まずは義満期の年号問題を取り上げ、久水論の検討から出発して、改元問題の実態に迫り、改元問題における権力構造を明らかにする。そこで、改元の担い手として公家の中にも、年号案を提供する年号勘者や、尤も改元権限の中枢にある杖議参列の公卿たちと、名義的に改元大権を握っている天皇との間には、複雑な権限のカラクリや権力による干与が見られる。そして、もともと外部にある武家からも、改元発議から元号の中身、改元定の審議まで改元干与が深まってゆく。その構造の解剖によって、次の改元権力者の検討に導いていきたい。

参考文献:
・小川剛生「年号と義満――韻鏡のいたずら」(同『足利義満 : 公武に君臨した室町将軍』中央公論新社、2012年)
・北爪真佐夫「元号と武家」(同『文士と御家人:中世国家と幕府の吏僚』青史出版、2002年)
・今谷明「改元・皇位への干与」(同『室町の王権』中央公論社、1991年、初出1990年)
・滝川政次郎『元號考證』永田書房、1988年、初出1974年
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