日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

2015年11月26日 例会報告要旨

江戸儒学についての討論は日本思想史の一大テーマとして長年来多くの研究者によって行われた。近年東アジアの目差しのもとで儒学を読み直すという作業や儒学を改めて位置付けることなどがさかんになった。儒学を一種の学問として東アジア世界(ここはあえて中華文明圏という概念を使わない)に影響をもたらしたということは疑う余地がない。特に近世(ここの近世は一般的な日本史の区分に従う)に入って、儒学は東アジアの知識人階層の共通的な基本素養として、お互いの交流の際に作用を果たした。例としてよく挙げられたのは朝鮮燕行使や朝鮮通信使の活動。しかし、今までの研究によってわかるように、例えば、日本の場合、そもそも儒者という職業あるいは身分がなかった、また科挙制度を持たない江戸社会に儒学を習った人の数が極めて限られたと思われる。更に、中国(正確に言えば、明清時代)の儒者が「想像」した儒学式の世界システムにおいて、儒学を学ぶ人は高等文明を所有している中華が優位を立つという秩序を認めることを当然のように考えていた。勿論、ここの中華は中国(明あるいは清)のことを指している。しかし、朝鮮や日本、あるいは越南の儒者は必ずそう考えているではない。ということで、多くの研究者が論証したいいわゆる儒学の普遍性は一体どこまで普遍したか、また東アジア世界において儒学の影響はどこまで深かったかについて極めて難解の課題だと考える。もう少し深入りに考えれば、我々が使っている儒学、儒者などの基本概念も恐らく地域によって異なっている。黄俊傑は『東アジアの儒学』という本に、文化的アイデンティティーと政治的アイデンティティーとの葛藤を提示した。黄氏によって、今まで儒学を東アジア世界の共通的な文化的アイデンティティーとして、政治的アイデンティティーを超越したものだと多く考えられたが、実際上かなり違っていることを様々な史料から読み取れる。以上の諸問題を念頭に置きながら、荻生徂徠という日本思想史上極めて重要な一人を観察対象として考察を行いたい。

文責:石運

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