日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

2015年6月18日例会報告要旨

2015年6月18日(木)
於:日本思想史研究会
M1 大平真理子
ホブズボーム『資本の時代1』第7~第9章(text.p166~242)
Ⅰ 西欧化の帰趨と岐路
西欧化
(近代化) 勝利者 アメリカ合衆国
日本
敗北者 ①アジア・イスラム世界(独立大国の残存) エジプト・中国 部分的に受容
②アメリカ大陸の旧植民地 ラテンアメリカ 無条件に受容
③サハラ砂漠以南のアフリカ 語る必要なし
④アジアの公式に植民地化された地域 インド 模倣+抵抗
▼非資本主義諸国の「西欧化」への対応策:模倣or抵抗orその両方を結合
→白人文明を排除するか否かは問題ではなく、その衝撃にいかに対応するかが問題であった。

Ⅱ 敗北者としての国々(7章)
○ラテンアメリカ
▼植民地支配からの解放後
・英仏の自由主義的・中産階級的制度の影響が残存
・大土地所有者による直接的支配が強化された農業国(寡頭政治)
・輸出入・海運を支配する外国を通じてのみ、世界経済と関係を持ち得た(限定された経済圏)

▼19C資本主義拡大後:寡頭政治からの変化
・先進国アメリカによる侵略→メキシコは広大な土地を略奪される
・欧米諸国による輸入品に値する資源の発見→豊富な資源を求めて、西欧人はラテンアメリカへと大量に移住
・私的所有土地の整理・反教権主義による教会と国家の分離→古い植民地的法秩序の終焉
⇔外国からの入植者が管理する貿易の要求に、従来の経済が従属する形式。ラテンアメリカが経済的独立を果たしたわけではなった(制度的近代化は失敗に終わる)。

○インド
▼英による「西欧化」の押し付け・同化
・既存の経済的、社会的構造の崩壊…英式教育の実施によるインド人のエリート化
→西欧化されたインド人エリートにとって、不満はあったにせよ、イギリス=模範国であった
⇔英人化されたインド人でさえ、英人からは英人として扱われなかった。インド人の役割は、英の資本主義と競争することではなく、それに従属することであった。

▼例外的事象としてのインド大蜂起(1857~1858)→英による強制支配に対する最後の抵抗
→東インド会社の没落、民族主義運動の先駆的事例⇔英による経済的・行政的介入は、インド伝統勢力を弱体化

○エジプト
▼ヨーロッパ経済への参入
→小麦・綿花などの農産物供給国として、ヨーロッパ経済に組み込まれる

▼近代帝国化とその崩壊
→ナポレオン三世のパリを模倣した近代化計画⇔外国に対する借金の利子が払えず、崩壊

○中国
▼民衆的・革命的伝統の存在:中国帝国の恒常性・永劫性
・中華思想の自明性、科挙の存在
・諸王朝交代・連続の歴史における「興隆・危機・没落」のサイクルを通じた、絶対的権威を正当化
→外国思想=野蛮、西欧的改革の受容に消極的

▼近代化への志向→中国の伝統を残しつつ、武器などの技術面に関してのみ近代化しようとした

▼太平天国の乱(1850~1866)の影響
→キリスト教の影響を受け、西欧的諸要素を体現しようとした反乱(西欧の衝撃の産物)
⇔乱を鎮圧するため、結局は諸外国に支援を求めることとなる。鎮圧後は、中国における旧来の官僚が実権掌握。


Ⅲ 勝利者としての国々(8章)
○アメリカ合衆国
▼「南北戦争」(1861~1865)と「西部開拓」の関係性→歴史家による激しい議論
→議論の焦点…南部奴隷制社会の性格づけ、北部資本主義と南部奴隷制は共存可能であったか否か…
⇔真の問題…北部資本主義は奴隷制を用いて、それを利用することができたにもかかわらず、なぜ奴隷制は、資本主義との共存という形態ではなく、分離(廃止)という形態へと導かれたのか?

▼北部の勝利=資本主義アメリカの勝利=近代アメリカの勝利

南部
北部
奴隷制社会 資本主義・自由主義
自由貿易 保護関税貿易


西部に向けた拡張主義政策
北部に対する障害形成
⇔西部開拓による奴隷制拡張に苦戦


北部が大陸を統一することができる立場にある
一方で、南部はその立場になかった
→人的資源・生産力・技術面において優れていた
北部の勝利=アメリカ資本主義の勝利
▼戦後→資本主義の劇的発展…「追いはぎ貴族」という大実業家の登場による
①無制限な不正取引を自由に行うことができたため
②特定の手段に固執せず、とにかく利潤を最大にすることにだけ集中したため
③多くが「自力でたたきあげた人間」であり、利益と地位をめぐる競争相手を全く持たなかったため

○日本
▼日本の近代化
・近代化へと向かう潜在的能力を内包=スムーズな近代化
→社会全体の動きを統御し得る国家機構と社会的構造のおかげで、大きな抵抗が生じなかった
・西洋と類似した社会構造(世襲的土地貴族・半隷属的農民・企業家や金融業者の存在…)
・西洋と異なる点→明治維新=「上からの革命」≠ブルジョア革命

▼明治維新=「上からの革命」を可能性せしめた条件
・アヘン戦争における大国・中国の惨敗
・徳川政権の軍事体制が危機の対処に失敗→「尊王」「攘夷」のスローガン…天皇復権の必然性

▼複合的「西洋」からの選択+新たな伝統主義=奇妙な近代化
技術・制度面 産業(鉄道・電信・公共土木事業・繊維工業) イギリス
初期法律改革・軍制改革 フランス
初等教育・農業改革・郵便制度 アメリカ
精神面 憲法精神 ドイツ
西洋化・自由主義に対する反動 日本的伝統―神道

⇒日本の近代化=選択的西洋化との組み合わせ+新たな伝統主義としての神道

Ⅳ 変わりゆく世界(9章)
▼資本主義社会「勝利後」の世界
→資本主義とブルジョア社会の勝利⇔数年後、資本主義社会の将来性は不確実なものへ…
⇒資本主義社会を覆そうとする運動が、再び浮上

▼革命的スローガンの衰退
→実際の政治上、1848年以降の革命は問題とならず、以前のユートピア的社会主義・フランス革命以来の急進的民主主義のスローガンは、もはや効力を消失していた
⇒革命的共和政体=「社会的共和国」、革命的民主主義=「社会民主主義」であらねばならなかった

▼「新たな」社会主義運動の登場
→新しい社会主義運動の中核をなす組織が、以前の急進的共和主義者の中から登場
ex)マルクスの影響を受けたプルードン(仏)・バクーニン(露)⇒アナーキズムの萌芽

▼ロシア「人民主義」革命運動→「インテリゲンツィア」が政治的担い手となる
①特殊な社会集団として、一般に認識されていた点
②国家よりも「社会」への志向が強い政治的急進主義を示した点
⇔ヨーロッパ・インテリは広範な中産階級に吸収され、自由主義・民主主義といったイデオロギーに吸収される。さらにインテリたちの政治的エネルギーは、ナショナリズムという国家への志向に吸収されていった。

▼ロシア「人民主義」の指標=近代主義・西欧主義≠西洋的近代化
⇔ヨーロッパとは異なり、中産階級と労働者階級とが弱々しかった=西洋的近代化をモデルにできない
→ロシアにおける潜在的に革命をなしうる大衆勢力=農民だけ⇒必然的に「人民主義」へ
⇒人民主義者=近代化論者…「社会主義的」新ロシア≠「資本主義的」新ロシア
Ⅴ ホブズボームの歴史観
▼敗北者の国々における「西欧化」の両義性
(+)外国人が伝統的束縛を打破するのを助け、西欧と対峙できる社会を創造することが可能となったこと
(-)先進諸国と低開発諸国との間で、富と貧困のコントラストが明白化
   →西欧文明の異常な進歩から、大した恩恵は受けなかった
⇒近代化に失敗したから評価しないのではなくて、失敗した中にプラスの側面を見出す点(価値中立性)

▼資本主義の導入=近代化の一要素としつつも、それに成功した国(勝利者)だけをとり上げるのではなくて、失敗した国(敗北者)や、社会主義運動の動向(ロシア)もまた描いている点。
ex)一般的には無視される中国・太平天国の乱について語る点
資本主義社会の不安定さを克服しようとした主体として、社会主義運動を挙げる点
(当該期における社会運動は成功したわけではないにもかかわらず…)

▼勝利者の国々(アメリカ・日本)→スムーズな「西欧化」

▼日本の「近代化」=特殊・例外的

Ⅵ 論点
▼西欧化による近代化に「成功した国」と「失敗した国」の違いとは何か?
①資本主義の浸透率、適応の度合い…外国の経済に従属せず、経済的自立を果たせたか否か
②反対勢力を鎮圧できたか否か………近代化への反対勢力を鎮圧できたか否か
③伝統的遺産を払拭できたか否か……伝統的制度・学問から西洋のそれへと移行できたか否か


▼なぜ日本は近代化の際、「技術・制度面」は西洋諸国から選び、主な「精神的側面」は伝統的神道を採用するといった選択ができたのか?
→伝統的側面を残しつつ、西欧文明を輸入するという過程は、他の非資本主義国家では見られない現象
(※近代日本における神道採用→ホブズボームは西洋化に対する「反動」の産物であるとみなしたが、本当か?)

▼勝利者だけを描かないホブズボームの意図とは?

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