日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

2015年6月4日例会討論要旨

討論では最初に、レジュメ中の誤植の指摘や基本的な事実確認がなされたうえで、ホブズボームによる「大衆教育」の位置づけに関した質問が出された。これについて報告者は、あくまでホブズボームは、資本主義経済との関わりのなかで教育の問題を位置づけているとし、加えてフロアからは「大衆教育」と聞くと、近年では「国民形成」の観点から論じられることが多いが、むしろ教育学等の蓄積においては識字率の問題等、主に産業発展の指標として論じられることが多かったという補足がなされた。
 続いて報告者が所見の中で論じた、ウォーラーステイン、A・フランクの全体史と、ホブズボームの議論との関わりについての討論へと移行した。まず討論を共有するために、ウォーラーステインの「世界システム論」、A・フランクの「リオリエント」等についての掻い摘んだ説明がフロアの方からなされたうえで、これらの諸研究の関係性をどのように捉えればよいのかという質問が出た。この問題について報告者は、ホブズボームのものはあくまでイギリス史に基盤をおく歴史研究であり、その点ではウォーラーステインらとは議論の様相を異にすると回答した。さらにフロアの方からは、ウォーラーステインの「長い16世紀」は、歴史社会学的な一つの理論であるが、ホブズボームの「長い19世紀」という議論は一つのレトリックであり、主眼はヨーロッパの歴史研究に据えられているため、安易に比較することはできないという指摘もなされた。
 また報告者が所見に掲げたキム・テクヒョンによるホブズボーム批判に関しても、討論が展開された。討論では最初に、キム・テクヒョンがいかなる立ち位置の人間であるのかという質問が出され、これについて報告者は自身も詳しくは知らないが、韓国の西洋史学の研究者であることは間違いないと答えた。併せてキム・テクヒョンは、ホブズボームの研究に植民地に関した言及が全く欠落している点を批判しているものの、それはイギリス史を主軸とするホブズボーム批判としては妥当ではないのではないか、という質問が出された。この問題に関して報告者は、植民地とは帝国にとっての「不可避の内なる他者」である以上、対象がヨーロッパであれ、アジアであれ、これを抜きにして近代史を描くことはできず、その意味ではここでのホブズボーム批判は妥当なものであると応じた。

文責:松川雅信

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