日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

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2015年1月29日例会報告要旨

本発表は山鹿素行の教化論を下層武士である「兵民」教育から明らかにしたものである。素行の教化論は、近世武士道論研究にせよ儒学研究にせよ、上層武士の「大丈夫」を中心に検討され、三民観については時に「愚民観」とも規定されていた。しかし素行のいう「武士」は「大丈夫」に限られず、主君に仕えて足軽に諸役を命じる「仕官の輩」も想定されており、一元化できるわけではない。
また「大丈夫」・「仕官の輩」に仕える僕隷も、兵卒として訓練するよう指南された。彼らは農民から選ばれ仕官に励む、半農半兵たる「兵民」を指す。素行は日雇の僕隷雇用を嘆いて「仕官の奉公につかしめ民に兵の法を示す、是民兵のことはりにもなるべきなり」と、農民教化を想定しつつ、主君に対する忠を実践する兵卒の働きを期待していた。この意味において宮崎道生が指摘した素行の反農兵論は成り立たず「上天子より下庶人に至り、天下より一家に至るまで」武備の必要性を説いた「武」の内実から問い直さねばならない。かかる「武」の枠組みでいえば、素行の場合、三民の武士登用も否定したわけではなかった。例えば素行は民間の中で優秀な者がいれば、検使を巡察した上での官職登用も認めていた。政治的主体性を持つ「大丈夫」と三民はともかく、素行の中で「武士」と三民との間における厳然とした区別はなかったのである。
山鹿素行の士道論は、これまで戦国的遺風を備えた武士道と対峙する形で「儒教的」と評される機会が多かった。しかし教化論の観点からいえば、その士道論は「兵民」をも取り込んだ教訓として見るべきであって「儒教的士道論」のみで説明できるわけではない。素行の学問が同世代のみならず、兵学を中心に後世まで続いた一背景として、広範囲な教育の必要性を施した「兵民」育成論は改めて検討すべき課題だろう。


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