日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

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2013年12月12日例会報告要旨

闇斎学派の南朝正統論──神皇正統記の受容史における転換


本発表の課題は、南北朝期に北畠親房が著した『神皇正統記』の近世における受容史を「系譜学」的に読み直すことにより、近代日本の国家をめぐる言説の歴史的由来を探究することにある。そもそも正統記の「正統」論は、「正理」、すなわち歴史の道徳的応報性という言説を導入することで南朝の正統化を図ったものであった。明徳三年(1392)、北朝に神器を譲渡して以降、南朝は事実上敗北するが、正統記の思想は再解釈を経て継承されていく。たとえば新井白石や山鹿素行は皇室の衰退は武家に統治者としての天命が移ったことを意味すると解釈した。
かかる近世の正統記受容史において転換をもたらしたのは闇斎学派の南朝正統論であった。山崎闇斎にとって正統記から受け継いだ「神皇正統」の理念は、日本における道の実践の証しという意味を持っていた。「神皇正統」の立場から闇斎は南朝正統を主張するが、その際に問題となるのは南朝の敗北という事実であった。そこで闇斎は神器正統論、すなわち神器を有する天皇を正統とするロジックによって道徳的応報性の歴史言説を乗り越え、「神皇正統」の特異性を守ったのである。

闇斎の南朝正統論はその門弟に受け継がれていくが、その論拠に関する解釈は一様ではなかった。闇斎学派第二世代を代表する浅見絅斎と佐藤直方はあくまで朱子学の正統論に原理的に依拠して南朝正統を主張し、「神皇正統」の特異性を認めない点で同一の言説に立脚している。他方で正親町公通を経て継承された神器正統論は、跡部良顕、若林強斎、栗山潜鋒、味池修居ら第三世代において大きな力を持つようになる。天野信景と吉見幸和の例が示しているように、その背景にあったのは十八世紀における歴史言説の転換であったろう。しかし闇斎学派においては道徳的応報性という歴史言説もなお保持されており、天皇に君徳を身に付けさせることで朝廷を復興させるという戦術も生み出されたのだった。

文責:齋藤公太(東京大学大学院)

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