日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

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4月25日例会討論要旨

今回は、風間健氏によって「竹内好を考えるメモ書き」という竹内好についての概論的報告がなされた。
最初に岩根氏より、レジュメ上の表記に関する指摘があり、続けて近年の竹内好論は、「竹内好という問題」を抱え込んでしまったがゆえに、むしろ竹内好論の問題の本質が見えなくなってしまっており、逆に竹内好を歴史的文献として読み込んでゆく必要があるのではないか、という旨の質問があった。これに対し報告者は、「竹内好という問題」という命題を経ねば、単なるイデオロギー暴露の論法を取るにしか過ぎなくなってしまう、という形で反論した。
次に殷氏より、中国では一般的に、竹内好に影響を与えた中国人としては、魯迅に並んで毛沢東が挙げられるが、竹内好と毛沢東との関係はどうか、との質問があった。これに対し報告者は、日中国交正常化反対論や共産党への入党拒否などを念頭に置けば、竹内好の中国論を考えるうえで確かに毛沢東は重要なキーパーソンとなるはずであるが、魯迅に比して論じられることは少ないとの回答を行った。この質問との関係で、続けて松川氏は、竹内好における毛沢東を考えるためには、戦後日本知識人における中国認識の変遷を視野に入れ、同時代的な中国認識との関係で竹内好を俯瞰する必要があるのではないか、との意見を提示した。これに対し報告者は、その通りであり、竹内好にとっての「近代の超克」における「近代」を「「アジア」における近代」という文脈で捉える時、戦後日本知識人の中国認識は念頭に置く必要があるとの回答を行った。
続けて石原氏によって、これまで竹内好を語ることは、どのような意味・影響力を有したのか、との質問が出た。対して報告者は、竹内好を語ることの意味は、時代によって変遷するため、一括して言うことはできないとしたうえで、「近代」というものを考えるうえで竹内好が参照されてきたのであろうと述べ、しかし同時に竹内好は丸山眞男らに比べれば、従来それほどには語られてこなかったと回答した。
再び岩根氏からの質問があり、竹内好にとっての「中国」「アジア」とは何か、と報告者に問うた。これに対し報告者は、おそらく竹内好が言う「中国」「アジア」とは実体としてではなく「方法」として存在するもので、これは「東洋」「西洋」という概念についても同様であると回答した。この討論との関係で、最後に沈氏から、竹内好の「中国」「アジア」という指摘は極めて重要であり、それは抽象的な概念ではなく、むしろ非常に生々しいものとして存在しているとの意見が出た。
これから竹内好を考えてゆくための、重要な問題点が提示されたという意味で、今回の討論は有意義なものであったと思われる。

文責:松川雅信(立命館大学大学院博士前期課程)

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