日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

【巻頭言】 岩井忠熊「日本近代思想史研究の方法をめぐって」

思想史に関心をもち出した若いころにディルタイの労作とくに『世界観学』やボルケナウの『封建的世界像から近代的世界像へ』に影響された。然し間もなくディルタイの精神史は基督教ないし西欧世界の思想にしか適用しえないし、ボルケナウの方法も日本近代思想史研究の上ではほとんど役に立たないことが分った。念のためにいえば、ボルケナウの方法にしたがって日本の封建思想の解体過程と萌芽的日本近代思想の形成をたどることはできる。しかし日本の近代思想はそのような経過をたどって成立したのではなく、欧米からの移植によってでき上がったのであり、ボルケナウの方法はせいぜい移植の前史、その基盤にしか活用しえないからである。三一年前の小著「日本近代思想の成立」はそのような問題を自覚しはじめたころに書いたのでボルケナウ的発想をとどめている。それは明治維新をもっぱら国内の原動力から説明していた当時の日本近代史学の傾向をとどめていたということもできよう。

以上のような問題を自覚しはじめてから間もなく一九六〇年「安保闘争」を経過し、明治維新を「世界資本主義の形成」の一環として研究すべきことが提唱され、今日にいたった。わたくしのつきあたっていた問題と解決の方法は、そのような動向と一致していた。日本近代思想の成立=欧米近代思想の移植とは、「世界資本主義の形成」過程における日本的思想動向にほかならないのである。しかし欧米から移植された近代思想の展開過程を日本近代思想史といえるであろうか。日本近代哲学史ならばある程度それですむかもしれないが。

すでに『日本近代思想の成立』において「明治国家の思想」と「日本近代思想」の対抗争の中に日本近代思想史を見ようとした時、日本において真の近代思想の成立を困難にしているものが「明治国家の思想」であるという見通しをもっていた。丸山真男氏の影響があったことは否定しえない。とに角日本近代思想史の到達点、いわばプラスの思想史研究という学界の主流(その頂点に家永三郎氏の業績があり、最近の自由民権思想研究におよぶ)に背をむけて、マイナスの思想史研究、明治国家主義思想の研究に入っていったのは、このような経過からであり、その時に日本近代思想史は単に欧米思想史の移植史ではありえないというあらたな反省に到達した。

「大学紛争」のさ中にまとめた『明治国家主義思想史研究』のとくに初版は粗雑な校正で赤面せざるをえない。もうすこし余裕があったら書いておきたかった点があちこちにのこされたままである。ここで一区切りをつけながら、思想史研究に一つの限界を感じはじめた。国家主義思想とはそもそも政治支配の一部として研究すべきものなのではないか。明治国家主義思想とは結局近代天皇制思想にほかならない。だが、近代天皇制の国家論的研究ないしは政治史的研究は、近代天皇制思想研究の前提でありながら、相かわらず絶対主義ないしボナパルティズム論議を出ていない。むしろ天皇制の実態的研究こそが必要なのではないか。多忙な役職できれぎれになったが、ここ十数年のわたくしの研究はそこに集中してきた。いずれそのような研究に区切りをつけて、国家主義思想史研究にもどるつもりである。

思想が政治を媒介としてとらえられねばならぬことは、政治が経済的土台からとらえられねばならぬこととおなじくらい自明である。しかし政治は政策に矮小化されてならないし、民衆意識を除外して成り立つものでもないだろう。政策体系と国家、思想支配と民衆意識、そこにおける「常民」の存在等、解決しなければならぬ課題は多い。それにしても思想史とは本来歴史的実在を認識するためのカテゴリーであり、歴史的実在そのものの認識を使命とする。しかし歴史を新しい段階におし進める主役は思想であることを確認したい。

(立命館大学文学部教授)

(『日本思想史研究会会報』第5号掲載)

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