日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

【書評】井上智勝「田中秀和著『幕末維新期における宗教と地域社会』」

はじめに

田中秀和氏著「幕末維新期における宗教と地域社会』は、氏の遺稿集である。氏は一九九六年四月、三十六歳で夭折された。本書は氏が既発表の諸論考をひとつにまとめるばく編んでいたもので、構成そのものを含めて未完成の草稿である。評者の力量不足に加えてそのような事情があるため、誤読、曲解著者の意を得ない部分も多いと思うがご容赦いただきたい。一本書は、第一編「近世の地域社会と在村小社」、第二編「明治初期の宗教政策と地域社会」、第三編「東北・北海道の統治と宗教政策」の三編構成で、各々四、五、四の各章から成っている。

第一編「近世の地域社会と在村小社」では、弘前(津軽)藩を中心に北奥羽の宗教をめぐる藩権力と「地域社会」の関係が論じられる。江戸時代を通じた時期が対象とされ、当該地域の宗教社会史のアウトラインが提示される。なお第一章は、いまだ推敲段階のためであろう、第二章以下の内容を踏まえたものとなっている。第二編「明治初期の宗教政策と地域社会」では、第一編を受けて神仏分離という明治初年の宗教政策のなかで旧来の地域的な宗教統治体系およびその構成要素の変容過程が述べられる。対象地域は主として弘前藩域で、維新を迎えても江戸期以来の宗教統治の体系を受け継ぎながら展開していた宗教政策が、明治六年政府の神社改正によって消滅する過程が述べられる。第三編「東北・北海道の統治と宗教政策」では、近世~明治初年にかけての北海道および東北における宗教制度・東北の宗教政策が「開拓」・「教化」を主軸に置いて推進されたことが説かれる。文化期に設置され、既に安政期には存在意義を失う三官寺や、幕府直轄領となって行こう松前を凌いで対当する函館の神社組織を中心とした神社政策が、「開拓」の論理の高揚によって否定されゆく様子など、北海道の対外的重要性が高まる中、宗教施設や統治体系もより中央権力の規制を強く受け、変容してゆく様子が明らかにされている。本編で、青森県に関わる部分などは当然第一編・第二編を踏まえた叙述になっているが、北海道については松前藩・幕府直轄領時代の状況が説明された上で明治初年の変容が述べられており、本編独自の要素となっている。

以上のように本書では、津軽を中心とした北奥羽と北海道を対象として、それぞれ近世の状況を提示した上で、明治初年の状況が検討されている。叙述は当該地域の宗教をめぐる浩瀚な問題に亘り、かつ近世前期~明治初年という広い時間軸の問題に及んでおり、北奥羽・北海道の宗教社会史をダイナミックに把握しようとしたものといえる。書名が『幕末維新期における宗教と地域社会』であることから明らかなように、本書の重心は江戸期ではなく維新期にある。全三編のうち二編までが維新政府の政策による地域社会の宗教体系の変容を扱ったものである。氏は、北奥羽と北海道を一体化して捉えるという、境界通念にとらわれない地域把握の姿勢を明確にし、「地域から逆照射することによって明治政府の権力的性格をより明確化できる」(第三編第二章)と述べている。田中氏の問題関心は、明治維新によって成立する「中央」としての新政府と、独自のあゆみを持った「地域」との関係、換言すれば「中央」によって「地方」がいかに変容を被ったかという点にあった。田中氏が地域を対象とした検討によって、「中央」・国家を相対化する地域社会論の立場から本書を完成させようとしていたことは間違いない。



以上のように全体像を理解した上で、以下本書で示された成果・内容について批評を加えてゆくことにする。ただ、既に述べたように本書で述べられる内容は幅広く、それゆえ個々の内容に立ち入っての批評は紙幅等の都合から省略する。

まず、藩権力による宗教統制の方式とその展開の概要を、近世~明治初期という広い時間軸の中で跡づけた点は高く評価されてよいだろう。藩の宗教政策についてはこれまで、例えば元禄期の水戸藩など個性的な藩主のもとで遂行された宗教政策など、いってみればあまり一般化できないような事例については研究があり、よく知られていた。しかし藩権力による宗教統制が、藩の統治体系の一環として、すなわち日常的な藩制の中に位置づけられることは少なかった。かかる状況への反発から生まれた田中氏の成果は、特定の事例に基づいて一般化される歴史像に対するアンチテーゼである。

同様の姿勢は神仏分離研究に置いてより濃厚に看取できる。氏は従来の神仏分離が廃仏毀釈を伴う事例によって認識されることが多く、それによって神仏分離が一般化されていることに対する違和感を再三説いている。むしろそのような激化を伴わない、いわば一般的な神仏分離を見ようというのが田中氏の志向であった。近年、かかる立場からの歴史研究が大きな成果を上げつつあるが、その重要性を再認識させられる。

領国地域の宗教社会史研究を推進したという面に置いても、田中氏の成果は貴重である。近年、宗教に関わる諸事象を当該期の社会の構造・動向の中で捉えてゆこうとする宗教社会史研究が盛んになりつつあるが、これらの多くは田中氏も説くように領国地域を扱ったものではない。本書において領国地域である弘前藩の宗教支配方式は、藩権力、宗教者および在村小村、本所(朝廷)の三つの要素を踏まえながら解明される。高埜利彦氏の提唱(『近世日本の国家権力と宗教』東京大学出版会、一九八九年)以降、近世縛藩権力は朝廷を組み込んで成立していたという認識が広く研究者の間で共有されるようになってはいるが、藩権力の宗教者統制にかかる視点を組み込む形での成果としてまとまったものはなかったのである。

この成果は、単に宗教社会史研究に留まらず、朝廷と藩の関係、いわば朝藩関係史の解明にも手がかりを提供しているといえる。例えば、第一編第四章において弘前藩の神職が自らの身分を確立・保証、あるいは上昇させるために藩権力にすり寄ってゆくことが明らかにされている。ここからは領国地域においては宗教者の身分を保証していたのが藩権力であったことが理解できる。しかし一方で藩権力は本所吉田家を自らの宗教支配体系の中で利用している。また、弘前藩の修験統制は当山派に属する大行院を核に行われていた。なぜ、弘前藩の修験統制は吉田家や当山派などの朝廷に連なる本所組織を利用したのか、この問題への解答が単に「権威付け」などという曖昧なものを越えて導き出せれば、藩における朝廷の位置づけがより明確になるはずである。しかし、田中氏がこの点についてつっこんだ検討をしていないことは残念である。

本所の問題をひとまず措けば、権力と、宗教者・宗教施設の地位の関係を明らかにしたことは重要である。弘前の場合、権力への迎合、あるいは利用による宗教者・宗教施設の地位上昇が図られたが、第三編で説かれる函館の神社組織もまた権力との関係性から台頭したのであった。函館の場合、幕府の直轄領になることで藩権力以上の国家権力に接近する機会を得たのである。神社が権力主体の安穏を願う祈祷を積極的に行う理由がここに明らかにされている。このほか、自治体史を除けばこれまであまり言及されることのなかった北海道の宗教政策とその展開の解明も貴重な成果として特筆されるべきである。

以上、もちろんこれだけに留まらないであろうが、本書で示された成果を評者なりにまとめてみた。続いていくつかの批判点について述べることにする。



如上の成果は、先述のとおり「地域社会」から「中央」・国家の相対化を志向する地域社会論の立場から紡ぎ出されたものである。しかし、それにも拘わらず津軽でも北海道でも、あるいは秋田でも「地域社会」について生き生きした姿をイメージすることができなかった。例えば「在村小社」が村落においてどのような関係性の中で存在しているのか、換言すれば村の人々はどのようにして「在村小社」やそこに奉仕する宗教者と関わり、それを支えていたのかという点が見えてこないのである。

これは、田中氏の「地域社会」認識に由来する。田中氏が本書で描く「地域社会」は、藩の宗教統治体系や政治・行政レベル、および神職・教導職などその末端に連なる者の活動を主軸として語られる。かかる要素の検討によって、「地域社会」が把握し得るとの観点に立つのである。田中氏の関心は、あくまで「地域」からの国家権力の相対化にあり、固化権力に対置されるべきものは、やがてそれによって変容を余儀なくされる地域権力やそれが作り上げた支配体系とその機能面であった。田中氏のいう「地域社会」は、極論すれば地域権力が創出した統制システムということができる。村落など被統制対象の内実にまで十分な検討が及んでいないのである。

このことは第一編に端的に現れている。ここで氏は、藩権力による宗教統制と地域の宗教者・宗教施設の関わりを説くという、常に藩権力を意識した分析手法を採っている。この場合、「民衆」が生活する村落社会の諸関係の中で地域の宗教者・宗教施設を捉えようとする方向は弱い。村落史料を利用して叙述を進める箇所も少なくないが、それでも「民衆」と宗教との関わりは部分的にしか伝わってこない。したがって、藩権力による宗教者を介した「在村小社」の統制が説かれても、具体的にどのような統制を藩権力が志向したのかについては理解が及ばない。また、自社書上提出時、宗教者と氏子間に談合があったという事実のみをもって、神仏分離において一村一社が氏子の支持をある程度受けたものと説かれても、にわかには首肯しがたいのである。北海道の宗教の問題を扱ってもアイヌの動向がほとんど明らかにされていないことも、かかる手法に由来するであろう。すなわち「地域社会」「在村小社」の解明を目指しながらも、在地社会の中でこれらを捉えようとする村落社会史研究の姿勢からのアプローチが欠如しているがゆえに、「民衆」があまりに登場しない「地域社会」像の提示に帰結しているのである。とはいえ、権力から遊離していく全く独自に展開する「民衆」世界が存在するとは思われない。田中氏の研究は一面で確かに「地域社会」の解明なのである。したがってこの成果に村落社会史的アプローチから析出された成果が肉付けされたとき、「地域社会」や「在村小社」はより明確な形で現出してくるはずである。

このように田中氏の研究は、支配と「地域社会」の関係、すなわち権力による地域支配体系(その末端に位置する宗教者等を含む)およびその展開と変容過程の解明なのであり、「地域社会」研究としては一面的な域を出ていない。その意味で評者は、第一編の標題「近世の地域社会と在村小社」にはやや違和感を抱いている。むしろ第一章の「地域権力と宗教」こそが同編全体の内容を的確に表していると考える。同様の理由から書名『幕末維新期における宗教と地域社会』についても、全体をカバーした標題になっていないように感じる。書名にも「権力」という語が入っていた方がより内容に適したものになったのではなかろうか。



本書では、維新政府を「中央」権力として強く認識するが、幕府権力を「中央」とみる姿勢はあまり感じられない。このことは、当然田中氏の問題関心とそれに基づく近世国家権力観に規定されている。前述のように、田中氏の主たる問題関心は維新期の「中央」権力の成立と「地域」への介入から生じる。自立的に展開していた「地域社会」システムの変容という点にあった。そして第二編・第三編では地域の事象を検討しながらも、常に新政府が念頭に置かれている。この点は第一編と対照的である。第一編においては、当該期の固化権力たる幕府は地域に強制力をはたらかせる「中央」としての位置づけではほとんど登場しない。むしろそこでは地域権力としての藩権力が独自の政策を展開している様子が強調される。第三編では松前藩より上位の権力としての位置づけは感じられるが、明治政府ほど強力な捉え方ではない。田中氏は、維新政府の権力を幕府権力よりはるかに強大な権力として認識しているのである。この認識はおそらく正しい。だがそれが前提としてなっていては、「地域から逆照射することによって明治政府の権力的性格をより明確化」することは十分にはできないであろう。幕府という前代の「中央」権力をもまた「地域から逆照射」して把握してその質的差異を認識し、「明治政府の権力的性格」を検討する際の相対軸と為すことが必要なのではないか。地域を中心に、幕府との比較において維新政府を捉えることでその「権力的性格」はより明確になると考える。

また、第一編で北東北の宗教社会史のアウトラインが解明されたことを述べたが、それがあくまでアウトライン解明の位置を出ていないこともまた認めなければならない。つまり藩政における宗教支配の諸段階やその画期が説かれはしても、それがいかなる社会的背景のもとに惹起した事象なのかという歴史的な問題については、説明されていない場合が多いのである。氏が藩の宗教統制システムが確立したと位置づける宝暦期については、他の研究者の成果に依拠して説明がなされているが、その他の画期についても何らかの説明が欲しかった。

とはいえ、本書の中心は維新期にあるから、近世の叙述はあくまで前史であると理解できる。また、田中氏の対象とした地域ではそのような前史がこれまで十分に明らかにされておらず、氏は自己の問題意識を追究するために自ら前史を開拓しなければならなかった。かかる見方をすれば、近世史部分に関する如上の批判は筋違いなのかもしれない。当該地域の宗教社会史のアウトラインを解明したこと自体、大きな成果なのである。しかし、近世北東北の宗教社会史の解明が未完成であることは事実であり、それは田中氏の成果に肉付けしていくことで完成するはずである。このような考えから、ここではあえてその欠点を指摘した。

おわりに

以上、評者なりに田中秀和氏著『幕末維新期における宗教と地域社会』を批評してみた。的外れな批評や論じ残した点も多かったと思うが、以下これをまとめてみる。

本書は「北方地域」(北海道+北東北地域)を対象として、地域社会論の立場から「中央」権力の相対化を目指した研究書である。その過程において当該地域の宗教社会史像をこれまでになく豊かにし、かつ従来の近世史、特に宗教社会史研究的姿勢の欠如、個々の画期や事象の背景が十分に明らかにされていないなど、残された課題も多い。また扱う問題が当該地域の宗教社会史の幅広い部分に及んでいるため、論証の荒さや推論が目立つ感もある。評者も疑義や反論を持つ部分もあるが、紙幅の都合等からここでは省略した。
もちろん、ここで指摘した批判点については田中氏自身認識し、克服の必要を感じていた部分も多かったであろう。例えば、氏は明らかに村落内部の動向を踏まえて地域社会を検討する必要性を述べている(第二編第二章の註一一四)。氏が存命ならば、必ずやかかる点を克服した壮大な北からの宗教社会史研究が完成したと思うと残念でならない。
しかし、そのような克服されるべき点を認識した上でも、本書が「北方地域」の宗教社会史研究の出発点となり、当該分野に大きな位置を占めてゆくことだけは疑いがない。

(1997年、青文堂、9,800円)

(大阪市立博物館学芸員)

(『日本思想史研究会会報』第16号掲載)

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