日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

10月18日例会報告要旨

本報告では北岡伸一『官僚制としての日本陸軍』(筑摩書房、2012年)の書評を行った。序章では日本の近代陸軍の建設での課題と明治憲法における政軍関係、そしてインフォーマルな形で陸軍内部を結合させた「派閥」について述べ、第一章では日本の政軍関係における統制の在り方を提示し、最終的に統制可能な「権力核」が排除され、下部が権力を掌握する責任の所在の分散化を招き、最終的にはハンチントンが『軍人と国家』で指摘した「プロフェッショナリズム」の欠如を指摘する。第二章では二重外交や軍の暴走を生み出す結果となった日本の政軍関係をいわゆる「支那通」とよばれる陸軍官僚に注目して、その特質を示した。第三章では1930年代前半における陸軍内部の宇垣・南系、皇道派、統制派といった派閥の国防政策とその対立による日本政治への影響について考察し、第四章では満州事変から敗戦に至る時期までの宇垣一成の軍事・外交政策やその背景にあった国外・国内情勢認識を検討し、軍備近代化とワシントン体制の枠内への志向を指摘した。

まず本書においては、近代の軍は巨大な官僚制であり、統帥権が過大視されがちであったが、官僚制としての陸軍においても「予算と人事」が重要であったと的確に指摘した。しかし議論されている政軍関係の統制について、統制は調整の失敗における最終的決定を下す位置のものである。むしろ政軍両者は不可分なものとして常にせめぎ合いを演じ、そしてそれを描き出すことが政軍関係史として重要であり、また昭和期の陸軍の崩壊について統一的な意思形成の喪失する過程という本書の見方に対して、軍の政策構想そのものの破たんとする見方をどうするのかという提起、そして宇垣一成研究の展望として、なぜ宇垣が政党政治を容認したのか、そして1930年代において延々と宇垣政権が期待され続けたこと、そしてその期待を背負った宇垣政権運動を総体として捉え、かついかに前述のような「政軍関係史」の中に位置づける必要があるという所感を述べた。

文責:山口一樹

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