日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

11月24日 例会予告

11月24日の報告は二人構成で行います。二人目の予告が以下となります。

論題:「近世伊勢神道の基礎的研究」
報告者:肖月
参考文献:
安蘇谷正彦『神道の生死観』ぺりかん社、1989年 
平泉隆房『中世伊勢神宮史の研究』吉川弘文館、2006年
土田健次郎編『近世儒学研究の方法と課題』汲古書院、2006年
樋口浩造『江戸の批判的系譜学 ナショナリズムの思想史』ぺりかん社、2009年
下川玲子『朱子学普遍と東アジアー日本・朝鮮・現代』ぺりかん社、2011年
高橋美由紀『神道思想史研究』ペりかん社、2013年
島薗進・高埜利彦・林淳・若尾政希編『神・儒・仏の時代』(2)春秋社、2014年
上野秀治編『近世の伊勢神宮と地域社会』岩田書院、2015年
中野敏三『書誌学談義 江戸の板本』岩波書店、2015年
ジョン・ブリーン編『変容する聖地・伊勢』思文閣出版、2016年
本村昌文『いまを生きる江戸思想』ぺりかん社、2016年

博論の構想を中心に報告する予定でよろしくお願いいたします。





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11月24日 例会予告

論題:
「近世後期対馬における朝鮮認識――小田幾五郎を中心として」
報告者:松本 智也

参考文献:
・石川寛「対馬藩の自己認識――「対州の私交」の検討を通じて――」(九州史学研究会編『協会のアイデンティティ』岩田書院、2008年)
・川端千恵「対馬藩朝鮮語通事の朝鮮認識――大通詞小田幾五郎を中心に――」(『文化交渉 東アジア文化研究科院生論集』創刊号、2013年)
・許芝銀「쓰시마 朝鮮語通詞 오다 이쿠고로[小田幾五郎]의 생애와 대외인식 ―『通訳酬酢』을 중심으로―」(『동복아역사논총』30、2010年 のち『왜관의 조선어 통사와 정보유통』景仁文化社、2012年)

積極的にご参加・ご助言、よろしくお願いします。
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11月17日日本 例会予告

本日の報告者は二人となります。


論題:劉師培のナショナリズム思想をめぐって
報告者:方阿離
『劉師培全集』中共中央党校出版社
『劉師培年譜』広陵書社
『天義』(『中国資料叢書』6)株式会社 大安
嵯峨隆『近代中国の革命幻影:劉師培の思想と生涯』研文出版、1996


論題:江戸中期の医学思想に関して―古医方を中心に―
報告者:向静静
参考文献:
1、小曽戸洋『新版漢方の歴史』大修館書店、2014年
2、京都府医史会『京都の医学史』思文閣出版、1980年
3、小川艇三『医学の歴史』中央公論社、1884年
4、辻哲夫『日本の科学思想』中央公論社、1973年
5、大塚敬節•矢数道明編『近世漢方医学書集成13 後藤艮山•山脇東洋』名著出版、1979年

以上宜しくお願い致します。


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11月10日 例会予告

論題:軍事諮問機関小論
報告者:山口一樹

山口一樹
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11月3日 例会予告

論題
博論構想:近世日本の儒教と儀礼―闇斎学派の朱熹『家礼』受容と儒礼実践に関する思想史研究―
報告者 松川雅信

 まだ見通し的なものに過ぎないのですが、博論全体の構想・概要について報告させていただきたいと思います。それでは、何卒よろしくお願い申し上げます。

松川雅信
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10月27日 例会報告要旨

論題
博論構想報告:戦後日本における学校教員と地域社会運動の研究
要旨
 戦後日本社会において、学校教員は地域社会に深く関わる存在であった。これまでの一般的な日本教育史像では、戦後教育の歴史を教育運動と国家との対立を軸にして理解してきたが、「戦後教育学」への批判のなかでこうした視座は弱まりつつある。しかし、戦後日本の学校教育において社会運動の側面が果たした役割は大きく、これを等閑視することはできない。近年の研究では、木村元らの「教育の社会史」研究が、社会経済的側面にも注意を払いつつ、学校教育やその担い手である学校教員を社会の側から把握することを試みている。また、戦前を対象とした教育会研究を、教員の社会組織の一種=「教員団体」として捉えなおすことで、教員組合・校長会・各種の教育 研究会と いった学校教員による学校を超えた「教育空間」を展望でき、そこから戦前・戦後を通じた学校教育史像を試みることが可能となるように思われる。
 また、日本現代史研究では1950年代および高度成長期を対象とした研究が蓄積され、社会運動研究では新たな研究水準が切り開かれている。この研究状況を踏まえて、日本現代史の構造と変動を社会経済的に把握しつつ、具体的な状況と経験を地域社会運動を通じて明らかにすることを目指し、1950-60年代を対象時期に設定する。京都府丹後地域は、西日本農山村型の社会変動を経験して典型的地域であるとともに、地場産業である絹織物業(丹後機業)が地域の経済および社会に特殊な規定を与えいるのであり、これまでも経済学や地理学において注目されてきた地域である。
 以上から、博士論文は二部構成とし、第一部では1940-60年代の学校教員の社会組織について論じ、学 校教育の制度や機構、教員文化や教育実践といった学校教育の総体を展望することを企図しながら、特に教員組合の役割に注目する。この研究を通じて、戦後日本における学校教育の領域の歴史的把握=戦後日本教育史像の再構築に資する議論を目指す。第二部では丹後地域における1950-60年代の地域社会運動の形成・展開と、学校教員が果たした役割について論じ、地域社会・学校教育・社会運動の三者の関連および、1961年の「ちりめん闘争」に集中的に現われる地域社会の諸問題を明らかにする。この研究を通じて、同地域における日本現代史の展開を展望する。

富山仁貴
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10月27日 例会予告

論題 「戦後日本における学校教員と地域社会運動の研究」
報告者 富山仁志
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10月13日 例会報告・討論要旨

題名「文政大地震と如来教――〝その時〟に向き合う説教と予言がはずれるとき――」
報告者 石原和

 本報告では、文政2年におこった大地震に際して、名古屋城下の恐怖を覚える人々に対して如来教が行った説教に注目した。それによって、現実の社会とそこに生きる人々に近世の民衆宗教・如来教がいかに向き合ったのか、また非日常の事態への対応に顕現する如来教の説教の展開は、いかなる特徴を備えたものであったのかを明らかにしようとした。そのため、まず如来教にすがった人々が住んでいた名古屋での地震後の状況をみた。その上で、如来教の地震説教が開催された理由であった地震への恐怖を、近世を生きる人々の地平において検討した。それに基づいて、如来教の地震説教とその展開を分析した。そこでは、さらなる大きな地震がおこることが予言された。しかし、その予言は外れてしまう。そのような状況において、地震がおこらなかったことに意味が与えられ、その救済に関わる世界観がより強固なものへと変容させられた。以上の展開過程の中に、近世の民衆宗教の特徴を見出そうとした。
 本報告に関して、出された質問と質疑対応は下記の通りである。
①如来教が災害時に現した即時性や即興性は、民衆宗教の共有的特性のではないか。
⇒教祖がいる宗教こそこのような柔軟性を持つことと考える。
②レジュメに添付したなまず絵図について、その伝説の形成時期またその過程。
⇒中世からの「地震虫」という伝説が近世に入った後、「虫」が「鯰」と転換した。
 また、天保年間に現れ、安政大地震で一気に拡散した。
③文中の「世直し」についての叙述は、地震史研究では「災害ユートピア」として呼ばれることではないか。しかし、近年の研究ではこの点についてどのような評価しているかあるいは何か新しい動向があるか。
⇒最近では社会福祉的な活動についての関心が多い。しかし、それは慈悲心によるものではなく、自分の財産が災害を受けた人に奪われることを恐れていたための行動と考えられている。

文責:石運
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10月20日 例会予告

論題 「荻生徂徠と明代「擬古派」」
報告者 石運
参考文献    
ベンジャミン・エルマン著、馬淵昌也等訳『哲学から文献学へ』知泉書館、二〇一四年
『日本思想大系・荻生徂徠』岩波書店、一九七三年
『荻生徂徠全集』みすず書房、一九七三~一九八七年
平石直昭等編『近世儒家文集集成・徂徠集・徂徠集拾遺』ぺりかん社、一九八五年
王世貞『弇州堂別集』中華書局〔北京〕、一九八五年

 内容は主に前期に完成した修士論文の第一章をペースとし、これからの課題についての構想も少し付け加えたものである。今度の方向についてまだはっきりしていないため、今回の報告を機に皆様の意見を伺いたい。以上でよろしくお願いいたします。

石運
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