日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

2015年5月28日例会予告

ホブズボーム『市民革命と産業革命』11~13章です。

本報告では、E・J・ホブズボーム『革命の時代』(安川悦子・水田洋訳『市民革命と産業革命』)
の第11章~13章で二重革命がもたらした社会経済的変化だけでなく、文化的変化についていわゆる
二重革命の世俗化に対して考察します。
  

ー日本史専修 M2許受民ー
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2015年5月21日例会討論要旨

石原さんの報告では二重革命を通してブルジョアという新しい階級が創出する過程において行われた歴史的事実が分かりやすく説明された。発表では、第8章、第9章、第10章の内容が主に分析されて、論理的で非常に分かりやすく説明していただいた。また、歴史的事情や発表の理解を図るため、事前に関連動画やレジュメの最後の部分にはホブズボーム、ゲルナー、A.D.スミス、B.アンダーソン、西川長夫、ウォーラーステインの研究からみられる時代性やヨーロッパの地図を取り上げることで東欧の位置づけに対して敷衍説明があった。
 また、『革命の時代』第8章の土地の東プロイセンの位置づけと彼らの影響力に対して質問があり、それに対しては添付された地図を見ながら、西欧を中心に発達したため、東欧のところにプロイセンが造成できた可能性を中心として回答された。
その後、資料として扱われた、ホブズボームの著作や他研究者の研究の著作を整理した表に対しては5人の研究者を選別した理由について質問があり、彼らの研究成果から見える時代性を把握できるという回答を中心に討論を続いた。
ホブズボーム自身がエジプト出生にも関わらず、アフリカやアジアを除いて研究をなされたことに対して様々な議論が活発に行われた。特に、ヨーロッパを中心としてみるホブズボームの論考はその後の近代社会を分析する確実な基準になっていることに対して、果たしてそうなのかという考察が行われた。
 次は石原さんから発表の事前に1789年~1848年までを含むヨーロッパの動きに対する動画である。これからの思想史研究会で行われる発表内容にも関わる動画であるので改めてリンクを添付する。https://www.youtube.com/watch?v=OIS2YExS4Ms

文責:許受民
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2015年5月21日 例会予告

  ホブズボーム『市民革命と産業革命』8~10章


 明日の報告では直接扱いませんが、先週までの範囲でも、西洋史の知識の乏しい私は、
ホブズボームのヨーロッパ的視野からの研究に四苦八苦しております。
そこで、ごく簡単にではありますが、1789年~1848年までを含むのヨーロッパの動きが
可視的に追える動画を見つけましたので、共有しておきます。興味のある方は、ご利用ください。
https://www.youtube.com/watch?v=OIS2YExS4Ms

 石原和

 
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2015年5月14日例会報告要旨

本報告では、E・J・ホブズボーム『革命の時代』(安川悦子・水田洋訳『市民革命と産業革命』)の第四章~七章の内容要約を行った後、ホブズボームのアジア観について考察を行った。要約部における論旨は以下のようになるかと思われる。フランス革命戦争は、その勝敗が世界地図の国境線を塗り替えることになった。同時に、ヨーロッパ諸国では、、特に戦勝国イギリスは、海上制覇、植民地支配による新市場独占を達成し、「世界の工場」と呼ばれるほどに、経済・産業発展を成し遂げることへとつながった。また、フランス革命はヨーロッパ全体に普遍的に浸透したものであり、1815年~48年まで絶えずヨーロッパ諸国、諸地域の間で革命の可能性を持たせるモデルとなった。さらに、その間発生した諸革命は、1830年を転換期として、イギリスなどを中心に、封建制度が廃止され、穏健な自由主義が急進主義を打ち破るということ、加えてナショナリズムも生成される起因となった。筆者は、内容要約と他のホブズボーム著作を通して、彼のアジア観について考察した。ホブズボームは、『革命の時代』を書いた1960年代には、アジア「東洋」を後進的な地域として批判、評価しており、「西洋」中心の世界観で史観をもって研究を行っていたものの、1990年代に至って、他の大陸諸国、アジア諸国において、「西洋」に並び立つまでに経済発展を成し遂げた現実を目の前に、ホブズボーム自身、ヨーロッパ史をどのように見つめるべきか、問うべきか苦悩し、研究方法の再考を迫る必要に駆り立てられたと結論付けた。


文責:安久
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2015年5月7日例会 討論要旨

ショウさんの報告に対して、まずレジュメ引用部に関して、その引用文が、ホブズボーム自身が実際に行っていることと違うので良い引用とは言えないということなどが指摘された。また、『革命の時代』では、革命期に生まれた言葉に関する記述がいくつか見られることから、そのことについて考えることも重要なのではないかという意見が出た。報告内容に対しては、明治知識人とフランス革命観をなぜ結びつけたのかという質問があり、それに重ねて、そこから議論を展開することの難しさが指摘された。その後、『革命の時代』でホブズボームが説こうとしているのは、自由主義的ブルジョワジーの勝利を説くことであったという意見や、ホブズボームが産業革命を準備されたものとして捉えていたことやその研究の中に「国家」というファクターが入っていないということが議論された。

文責:安久
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2015年4月23日例会 討論要旨

富山報告の討論は次のように進行した。まず「日本におけるニューレフトの二重性」について整理してほしいという発言が出た。報告者は「二重性」という表現が誤解を招くものであったと訂正しつつ、次のように整理した。日本のニューレフトの対立には二つの段階があり、まず五十~六十年代のスターリン批判を踏まえた潮流と、スターリン批判以前から存在していた潮流とが対立する段階があり、次に六八年革命の影響から、オールドレフト(日本共産党)とニューレフト(従来から存在していたトロツキストの系譜と、新たに入ってくるゲバラと毛沢東の系譜)との対立構造になった。第二に、日本の学界で七十年代に「社会史」が流行するが、ホブズボームとこのような潮流との関連はあったのかという質問が出た。報告者は、ホブズボームは西洋史学における「社会史」の中で議論されており、八十年代になると日本史学でも「社会史」という概念が適用されるようになったとする。第三に、「戦後歴史学」はいつ登場したのかという質問が出た。これに対し報告者は、初出は一九五五年に「戦後十年の総括」の中で登場し、マルクス主義の影響による一連の研究潮流を「戦後歴史学」と称するようになったのは、九十年代になってからである。第四に、『創られた伝統』の翻訳が不評であるが、新訳は出ていないのかという質問に対し、報告者は、事実レベルでの修正はあるが抜本的な新訳はないものの、専門家でなければ翻訳書を読んでも問題はないとのことである。第五に、プロトナショナリズム論はどのような方法論であるのかという質問に対し、報告者は次のように整理した。アンダーソンは出版資本主義や官僚の巡礼に注目したのに対し、ホブズボームは民衆・大衆の視点に着目した。その根拠は「潜在的に機能しうる帰属感」に求めたのであるが、細かい要因が重なり複雑であるので慎重に議論している。最後に、「長い十九世紀」はどのように読むべきかという質問である。ホブズボームの他の著作と関連付けて読むのであれば、『産業と帝国』を参照するのが適当であり、ナショナリズム論については、『ナショナリズムの歴史と現在』、方法論としては『創られた伝統』、『歴史論』がよく、『匪賊の社会史』は入門書として適当である。また、ホブズボームを批判的に読んでいくとするならば、フランス革命像の場合は西川長夫が適当であると思われ、産業革命についてはウォーラーステインや世界史リブレットなどを参照するのが適当であろうと整理した。

文責:松本智也


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