日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

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2014年6月19日例会報告要旨

「村上重良と「民衆宗教」「新宗教」」という題で報告を行った。趣旨は、民衆宗教を研究する報告者の眼前に史料の発見者・翻刻者として、また「民衆宗教」概念を語り出した存在としてあり続ける村上重良において、「民衆宗教」あるいは「新宗教」という語がどのような問題意識から、どのように語られるかを『近代民衆宗教史の研究』(1957)/「幕末維新期の民衆宗教について」(『日本思想大系67 民衆宗教の思想』)(1971)/『新宗教』(1980)・『国家神道と民衆宗教』(1982)という彼の著作に注目し、約10年毎のスパンで区切って検討した。村上による「民衆宗教」研究を振り返り、彼の問題意識に立ち返ることにより、1990年代には停滞し、2000年代後半以降は、一時の隆盛と比較すればかなり見劣りがするけれども、さまざまな視野の研究によって息を吹き返しつつある(?)民衆宗教研究の現在地を把握し、今後の民衆宗教研究の可能性を考える一助とすることを目的とした。
村上は教団史・教義史中心であった宗教研究を講座派歴史学の理論に則って転倒させ、民衆宗教研究をおこした。1960年代に講座派歴史学の民衆像を批判しつつおこった民衆思想史研究と交差し、民衆宗教研究を学界に認知されるものとした。1970年代後半以降の現実性を帯びてきた国家神道(封建宗教)の復活を前にして、反動と前進性を強調する。この過程において、同じ事象について論じていても、言及を修正したり、強調点を変えたりしている、というのが読み比べの結論である。ただし、いかに村上の周辺の学問との関わりを考えるかは今後の課題として残った。

文責:石原和

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6月26日西田報告につきまして

明日の例会につきまして、お知らせします。

報告題名:子安・島薗論争 国家神道研究の現状と課題

報告者:西田


【参考文献】

子安宣邦「怒りを忘れた国家神道論」―島薗進『国家神道と日本人』批判(2010年10月10日)

島薗進「『国家神道と日本人』への批評について――とくに子安宣邦氏の論説に応答する」(2010年10月18日)

子安宣邦「イノセントな学者的欲求が犯す罪─「怒り」の理由」(2010年10月29日)

島薗進「『国家神道と日本人』への批評について(2)――子安宣邦氏の再論に応答する」」(2010年11月4日)


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6月26日例会肖報告につきまして

今週の例会につきまして、お知らせいたします。

報告題名:現代中国における「国家神道」の研究と村上重良の『国家神道』

報告者:肖


【参考文献】

劉岳兵「中国における日本思想史研究の方法論的問題—ある学術史的回顧と展望—」、『東アジアの思想と文化』(四)、二〇一二年

村上重良『国家神道』、岩波新書、一九七〇年

中国版村上重良『国家神道』、商務印書館、一九九〇年

陳志強「日本軍国幽霊文化に対する反省」、『吉首大学学報』、一九九六年

牛建科「国家神道思想理論の源の試論」『山東大学学報』、二〇〇二年
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2014年4月24日例会岩根報告討論要旨

戦前における羽仁五郎の著作について、特に江戸思想史研究と明治維新史研究をめぐる概観を行った岩根報告に対して、討議では二点の質問が出された。一つは一九三〇年代における思想史研究との関連性から三木清と羽仁五郎との関係についてであり、講座派マルクス主義歴史学と羽仁五郎との関係、またコミンテルン内部で行われた、「27年テーゼ」から「32年テーゼ」に至るまでの経緯といったマルクス主義歴史学と羽仁五郎との関係や、羽仁五郎とコミンテルンとの関係性などについての質問が出された。

文責:山口一樹

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2014年4月24日例会山口報告要旨


いわゆる「羽仁史学」の評価は戦前・戦時下の業績が主たる対象であり、戦後はその評価の埒外であった。
しかし戦後において注目できるのは、「現代の歴史学はアウシュヴィッツから出発しなければならない。」(「現代に生きる歴史学徒の任務」一九六五年『羽仁五郎歴史論著作集』第二巻、青木書店、一九六七年、三七七頁)とする「アウシュヴィッツ」の問題であった。これに関してはマルクス主義を含むアウシュヴィッツ以前のすべての思想・文化と運動を清算的に批判し、それに代わって現代的危機を超越するかのような論理と運動の探求であったと評価されている。だが、「アウシュヴィッツからの出発」はむしろ一九五五年に刊行された『昭和史』をめぐる論争(昭和史論争)を引き受けた議論であった。
一九四〇年代の羽仁の著作からみても分かるように「科学」としての歴史学を強調し、厳密な実証の中で歴史学を自立化させ、それによって科学性を高め、それとともに科学論理としての唯物史観を強調していった。しかし昭和史論争はそうしたマルクス主義歴史学に対する異論を提起したのである。現時点で確認できる羽仁の「アウシュヴィッツからの出発」は「現代に生きる歴史学徒の任務」であり、そこで提起されているのは昭和史論争における人間の問題や政治史の問題であった。つまり、羽仁の「アウシュヴィッツからの出発」は羽仁史学の転回というよりも、昭和史論争で提起された歴史学をめぐる問題に対する議論であった。

文責:山口一樹
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2014年6月19日例会報告題名

次回の例会につきまして、お知らせいたします。

報告題名:「村上重良と「民衆宗教」「新宗教」」

報告者:石原


参考文献:村上重良『近代民衆宗教の研究』、村上重良「幕末維新期の民衆宗教について」(『民衆宗教の思想』所収)

       村上重良『新宗教』、村上重良『国家神道と民衆宗教』
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2014年6月12日例会討論要旨

 6月12日、横山潤氏によって、報告が行われた。氏は林淳氏、昆野信幸氏の論考によりながら、村上重良評価の現在を描こうと試みているが、これに対してフロアから、横山氏自身がこれらの村上評価に対して、どのように考えるかという質問と両氏の立場(前者は戦後歴史学の研究、後者は皇国史観、国体論の研究)を踏まえた考察が必要だったのではという意見が出た。また、村上にとってのエンゲルス『ドイツ農民戦争』、講座派歴史学による明治維新史研究とは何だったのかという質問から、村上が「国家神道」「民衆宗教」を語り出した時代性の考察の必要性が指摘された。また、村上重良班の問題のたて方についても質問が出、戦後の「国家神道」史、「民衆宗教」史、言い換えれば国家と宗教、民衆と宗教に関する問題の草分けであり、大成者である村上を史学史的に振り返ることで、宗教研究を行う班員の立つ基盤を考え直したいという意図が示された。

文責:石原和
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2014年5月8日例会報告要旨

今回の報告では、羽仁五郎の『都市の論理 歴史的条件-現代の闘争』『続・都市の論理 社会主義をどう考えるか』を用いて、羽仁における都市論を検討した。
まず『都市の論理』で羽仁は自らの著書『都市』の考察を踏まえたうえで、絶対王政は自由都市共和制に対して成立したものであるとし、日本において、戦後の日本の民主主義も、「戦後の民主主義の勝利が完全でなかったということ」「中途半端であって完全でなかった」ことが原因で「だめになってしまった」と説明している。また、今日の都市問題を考えるうえで、日本の腐敗の根本的原因は保守永久政権、中央集権であると言及している。また『都市の論理』・『続・都市の論理』において、都市自治体の自治の必要性を説き、そういった組織を「われわれがつくり出さなければならない」としている。

文責:平賀美沙貴

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2014年6月12日例会予告

次回の報告は、下記の通りです。

論題:村上重良と「国家神道」・「民衆宗教」―「国家神道と民衆宗教―村上重良論序説―」を中心に―
報告者:横山


<参考文献>

林淳「国家神道と民衆宗教―村上重良論序説―」愛知学院大学『人間文化 第25号』2011年
村上重良『国家神道』(岩波書店、1970年)
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2014年6月5日例会報告題名

明日の例会につきまして、お知らせします。

報告題名: ポスト「丸山真男と儒学」―「一国思想史」批判と「近世帝国」論をめぐって―

報告者:田中


〈参考文献〉
・丸山真男『日本政治思想史研究』(東京大学出版会、1952年)
・酒井直樹『過去の声』(酒井直樹監訳、川田潤・斎藤一・末廣幹・野口良平・浜邦彦訳、以文社、2002年)
・山下範久『世界システム論で読む日本』(講談社、2003年)
・桂島宣弘「「近世帝国」の解体と十九世紀前半の思想動向」(苅部直ら編『日本思想史講座3-近世』ぺりかん社、2012年)
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