日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

2014年5月22日例会報告要旨

今回の報告は二つの部分に分けられた。前半の報告者は黄薇姍(M2)であり、後半の報告者は張琳(D1)であった。

 前半は「近現代中国における現代新儒家研究について」をテーマとし、現代新儒家研究を中心に、現代新儒家による新儒学の生じる歴史的背景を紹介し、現代新儒家に対する発展過程は時代的には三世代区分、地域的には中国大陸、香港と台湾、アメリカをはじめとする海外という区分になることは明らかにした。現代新儒家の歴史と現状を踏まえ、現代新儒家の基本的特徴を、「西洋文化と結合しながら伝統的儒学の現代化を考る」こと、「大胆に西洋的理論と方法を用いて儒学思想を再構築する」ことのようにまとめてみた。現代新儒家の推進する儒学思想は近現代の中国の文化的世界においてはもはや絶対的支配力をもたらす主流ではないとは言え、中国の伝統的思想の核心である儒学の近現代的展開と変容は確かに存在し、しかも、近現代の儒学の発展は現代新儒家のおかげで遂げられているのは否定できないと位置づけた。その現代儒家たちの儒学提唱、東方精神の価値を重んずる根本的な出発点はナショナリズムではないかと報告者は説いた。

 後半の部分は以下のように展開されていた。

 本発表は主に戦後シノロジーの発展過程における儒学への言説、とりわけ英語圏(ヨーロッパ一部及びアメリカ合衆国)と日本語圏(日本)の儒学研究の代表的人物の言説を分析対象として考察した。シノロジー思想史という視点から、戦後世界の新秩序が構築され、中国国内の情勢も目まぐるしく変貌していく過程において、衰弱・解体・再構築の幾段階を経てきた儒学は如何に「他者の言説空間」である「シノロジー」という場で、各々の知識人より認識・解釈・受容・批判されてきたのかを鳥瞰的・概論的に取り上げた。
 本論を入る前に、「儒」から「儒学」への発展・変容・壊滅・復興の過程を述べ、そして周辺国家における儒学の研究史を一部簡単に回顧した。
 本論では、まず戦後の英語圏におけるシノロジー研究において、儒学に注目した人物とその言説を考察した。Joseph R. Levenson(列文森 1920~1969)の儒学三部作《Confucian China and Its Modern Fate》(1958~1965)、Schwartz Beniamin I(史华兹 1916~ )の《The World of Thought in Ancient China》(1985)、杜维明(Tu,Wei-ming 1940~ )の儒学関連の観点、余英时(Yu,Ying-Shih 1930~ )『中国近世宗教倫理與商人精神』、『現代儒学論』などを取り上げて分析してみた。
 続きまして戦後日本の儒学研究域では、麓保孝(1907~1988)の主著『北宋に於ける儒学の展開』(1967)、島田虔次(1917~2000)『中国における近代思惟の挫折』(1949)、『中国革命の先駆者たち』(1965年)、加地伸行(1936~ )『儒教とは何か』(1990)、溝口雄三(1932~2010)『中国前近代思想の屈折と展開』(1980)などを取り上げて検討した。

文責:黄・張
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5月15日胡報告報告要旨

今回の報告では「東洋に於ける資本主義の形成についての考え」と題して、『東洋に於ける資本主義の形成』における「インド社会とイギリス資本主義」の章を取り上げ、その内容とまとめという形式で報告を行った。『東洋に於ける資本主義の形成』は、西欧ないし欧米資本主義の圧倒的な影響の下に遂行させられた状況下において、今回取り上げたケースはインド社会である。羽仁五郎は、以下の疑問を持ちながら、その答えを探っている。すなわち、植民地侵略に先行するその歴史的発展の時代にアジア諸国では資本主義の自生的発展があっただろうか、というのがそれである。そのうえで羽仁は、「それはまずインドに、イギリス資本主義の無掣肘の支配という形の下に開始せられた 」と述べている。
羽仁によれば、植民地的奴隷化以前のインドは国全体としては発展した封建制度の水準にあったと見做している(ムガール諸大王の治世下のインドは「後期封建制度」にあたる)。羽仁の説明によれば、インドは資本主義的経済制度が既に形成されなければならない時代の水準にあったという見解を述べているが、しかしながら、インドの過去の政治形態が如何に変化にみちていえようとも、その社会的秩序は最古の時代より19世紀初頭にいたるまでつねに同様にして不変であったと言及している。それを羽仁は、インドにおける“静止的性格”であると指摘している。本章ではまた、「インド村落共同体」および「共同体の現物的封鎖性」について議論を展開し、さらに補足として、「カースト制度」を取り上げ、その特徴を述べている。本章の結論部では、インドにおいては、イギリス産業資本の利益のために強制的に農業へ追いやられたために、インド土着の資本主義の発展が困難な状況にあった歴史的状況と、イギリス金融資本における利潤の目的により、工業及び若干の土着資本の発展のみが許されたことを羽仁は説明している。これらの事情のなかで、唯一ともいえる歴史的意義を、羽仁はインドプロレタリアトの成長にあったと位置付けた。

文責:胡瀟
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2014年5月29日例会につきまして


【報告題目】:丸山眞男における「儒教」評価の変化について―『講義録』を中心に―
【報告者】 :風間


【要旨】 丸山の「儒教」評価は、戦前と戦後で大きく異なります。例えば、『日本政治思想史研究』所収の1940年代に書かれた論文と1967年に東大法学部でおこなわれた「日本政治思想史」の講義(『丸山眞男講義録』七冊)を比べると、戦前はネガティヴに評価されていたものが、戦後はポジティヴに評価されていることに気づかされます。このような変化は、なぜ、どのように起こったのでしょうか。それは「丸山思想史」の形成に伴う丸山の思索の変化が関係しています。その変化の意味とは何か。ロバート・ニーリー・ベラーの議論と比較しつつ、丸山の中国評価の変化にも若干の目を配りながら、丸山が<本店>と位置付けた「丸山思想史」について、彼の「儒教」評価の変化に注目し、その概観を試みたいと思います。

参考文献
・丸山眞男『日本政治思想史研究』(東京大学出版、1952年)
・『丸山眞男講義録』第一冊~七冊(東京大学出版、1998年。ただし第三冊をのぞく)
・ロバート・ニーリー・ベラー、池田昭訳『徳川時代の宗教』(岩波文庫、1996年)
・同、河合秀和訳『社会変革と宗教倫理』(未来社、1973年)


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2014年5月22日例会張報告題名につきまして

次回の例会は二人報告となります。

論題:「儒」へのまなざし  ―戦後シノロジー思想史からのアプローチ―

報告者:張


【参考文献】

李慶『日本漢学史』上海人民出版社 2010.12

高津孝『中国学のパースペクティブ 科挙・出版史・ジェンダー』勉誠出版 2010.4

黄俊傑 藤井倫明訳『東アジアの儒学 経典とその解釈』ぺりかん社 2010.2 

何寅、許光華編『国外漢学史』上海外語教育出版社 2002.3

余英時『現代儒学論』上海人民出版社 1998.11

王鈞林等『中国儒学史』廣東教育出版社 1998.6

溝口雄三・伊藤貴史・村田雄二郎『中国という視座』平凡社 1995.6
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2014年5月22日例会につきまして

次回の例会につきまして、お知らせします。次回から「丸山眞男と儒学」班の報告に変わります。

報告題名:「近現代中国における現代新儒家研究について」

報告者:黄


【参考文献】

姜林祥『中国儒学史 近代巻』、広東教育出版社(中国)、1998年

方克立「現代新儒家研究のいくつかの問題について」(《关于现代新儒家研究的几个问题》)『天津社会科学』、1988年第4期

賀麟「儒家思想の新展開」『文化と人生』、商務印書館(北京)、1988年

鄭家棟「現代新儒家哲学の基本的特徴」『現代新儒学研究論集』(一)、中国社会科学出版社、1989年

顔炳罡「現代新儒家研究の省察と展望」『文史哲』、1994年第4期

陳來『伝統と現代:ヒューマニズム的視界』(《传统与现代:人文主义的视界》)、北京大学出版社、2006年

陳來「20世紀儒学の学術研究及び其の意義」(《20世纪儒学的学术研究及其意义》)『文史哲』、2011年第1期
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2014年5月15日例会討論要旨

2014年5月15日 日本思想史研究会例会 討論要旨

今回は、羽仁五郎班三回目の報告で、『東洋に於ける資本主義の形成』(三一書房、1948)と『日本人民の歴史』(岩波書店、1950)の二つの書について、それぞれ報告が行われた。
『東洋に於ける資本主義の形成』は、特にその中からインド社会とイギリス資本主義を取り上げ、論点を補充しながらの報告がなされた。質疑では、まず本書の三章以下で取り扱われている中国の資本主義形成について、報告がなされなかったのはなぜかという問いがあった。報告者は自らがインドについては知識がなかったので、今回の報告を機にインドについての理解を共有したかったからであると答えた。しかし、やはり中国のことも取り上げなければ羽仁の思想の全体像は見えてこないのではないかという意見が出た。
続いて、報告者が報告の最後で、なぜ羽仁はインドを取り上げたのかという問いを投げかけていたが、フロアからマルクス、エンゲルスがインドを取り扱っているからであるという回答がなされた。そこから、羽仁が共同体や西洋資本主義というものをどのように捉えていたのかを考えるべきではなかったかという指摘がなされた。
最後に共同体の解体や資本主義の形成は内部の発展と帝国主義による外からの圧力という二つの視点から考えることのできる問題であり、外からの侵略による帝国主義を羽仁がどう考えていたのかを捉える必要があるとの問題提起がなされた。
 『日本人民の歴史』では、内容の要約と、本書が海外においてどのように翻訳されたのかについての報告が行われた。
 質疑では、まず班員より本書を取り上げた理由として、東ヨーロッパの知識人によく読まれた本であり、それがどう受容されているのかを考察することは、羽仁の思想を考えるうえで重要な要素であるからであると述べた。
 フロアからは報告内で紹介されたハンガリーやルーマニアで本書が受容された背景は何であるかという質問が出た。報告者はおそらくロシア語を経由して翻訳がなされたのではないかと答えた。
 続いて、紹介された書評は時代背景をよく反映しているという感想がフロアから述べられ、今の時代では書かれることのない書評ではないかという意見がだされたが、報告者も同意し、90年代以降はそうした書評は確認できないとした。
 また、史学史を考えることが今季のテーマであり、同時代における他の研究の動向を比較して、羽仁の学説は当時主流であったのかという質問があった。さらに、人民の歴史を語る羽仁に対し、石母田などは武士を中心と考えており、そうした史学史的な対立構造の中で羽仁を位置づける必要があると付け加えた。これに対しフロア内から50年代の史学史は位置づけが難しいが、今後の課題として考えなければならない問題であるとした。

文責:原田直哉
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2014年5月15日例会方報告題名につきまして

今週の例会につきましてお知らせします。今回の例会は二人による報告です。

報告題名:「羽仁五郎『日本人民の歴史』について」

報告者:方


参考文献

羽仁五郎『日本人民の歴史』、岩波新書、1950

羽仁五郎『日本人民史』、三聯書店、1958
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2014年5月15日例会胡報告題名につきまして

今週の例会につきましてお知らせします。

報告題名:東洋に於ける資本主義の形成についての考え

報告者:胡


参考文献

羽仁五郎『東洋に於ける資本主義の形成』三一書房、1947年

よろしくお願いします。


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2014年5月8日例会討論要旨

 今回は、羽仁五郎班の二回目の報告として、羽仁五郎『都市の論理』(勁草書房、1968年)と、『続・都市の論理』(技術と人間、1979年)を題材としながら、主に羽仁五郎による「都市」に関して言及がなされた箇所に焦点を当てながら、羽仁における「地域」や「都市」、「自治」などをめぐる関心のあり方について考察したものであった。

 質疑では、報告では内容紹介に重きを置いている印象があり、報告者における立場がやや不鮮明な部分があること。また、羽仁五郎以前の都市史研究をどう捉えているのか、という質問がなされた。論点は重なるが、近世京都を主題とした都市史研究に即して考えるのであれば、「農村」と「都市」を分離して考えることができるかどうか、という議論もなされた。また、フロアからの質問として、羽仁五郎が『都市』(岩波新書、1949年)において、一貫として「市民」という概念を用いていることをどう考えるのか、という質疑もなされた。議論では、羽仁五郎が「市民」という概念を使用するのは、むしろ丸山眞男・大塚久雄などと近いものであり、それを踏まえるならば、講座派マルクス主義の立場に即した歴史家と、羽仁五郎との考えには、一定の距離があるのではないか、という問題も提起された。また、羽仁五郎が言う「生活する民衆」という概念が意味するものが何か、という質問もなされた。

 さらに、前期例会のテーマに即しながら、「時代的文脈」という視点から、羽仁五郎における『都市の論理』・『続・都市の論理』をいかに考えることが出来るか、という議論もなされた。これらの一連の著作自体は、主題が多岐に渡るため、容易な整理は困難である。しかしながら、冷戦下における、「中ソ対立」や「文化大革命」などを契機とした社会主義国をめぐる国際的な情勢や、日本国内における学生運動を背景としていることは無視できない問題であるため、かかる「時代的文脈」に即しながら、羽仁五郎のテクストを読解する必要性についても質疑が行われた。

文責:岩根卓史

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2014年5月8日例会平賀報告題名につきまして

次回の例会につきまして、お知らせします。次回の例会も二人報告です。

報告題名:羽仁五郎『都市の論理』に関する考察。

報告者;平賀


参考文献

羽仁五郎『都市の論理』勁草書房、1968
同『続・都市の論理』技術と人間、1979
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