日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

花見の会と運営会議につきまして

花見の会と運営会議の詳細につきましてご連絡します。

【3月31日 花見の会】

まず、明日31日の花見の会ですが、以下のとおりと致しますので、よろしくご参集下さい。

 17時 平野神社前に集合、散策

 18時 呑天童子にて懇親会

ご参加・ご協力を下さる皆さまに、この場を借りて御礼申し上げます。


【4月3日(木) 運営会議】

次に、4月3日(木)の運営会議ですが、17時~、学而館1階のラウンジで行ないます。

参加が可能な方はお集まり下さい。

これまで一昨年・去年は前期にテーマを決めた個人報告、後期に各自の専門の個人報告という形を取っていました。また、3~4年前は、前期はテーマを決めてグループ報告を行ないました。

今回の会議では、テーマの決め方や報告のあり方を含めて幅広く話し合いたいと思っています。

皆さまのお知恵をお借りしたく存じますので、積極的な参加と討論をお待ちしております。

文責:富山仁貴
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2013年12月19日例会討論要旨

今回は、殷暁星氏による「中国聖諭と江戸の『教育改革」」という題で報告がなされた。

質疑においては、まず「六諭」だけでなく「聖諭」も江戸時代に影響力を及ぼしていたという報告者の想定について、「何をもって影響力があったとするか」という質問がなされた。報告者は、清の康熙帝や雍正帝には「全国一統」の考えが見受けられ、ほぼ同様の発想が寛政期の江戸思想にも見られると答えた。

また、なぜ教訓の対象が農民であるのか」という質問がなされた。「なぜ教訓の対象が農民であるのか」に関して、報告者は一揆などの「危機」があると答えたが、先行研究との差異化をどのように行うかという課題も提示された。また、課題については、「中国聖諭」と徳川日本の思想状況を比較するという本報告のトランスナショナルな視座はきわめて有用だが、寛政正学派に言及する以上は、「ポスト徂徠」という視座も必要であるということも指摘された。

その他にも課題は挙げられたが、報告自体が過渡的なものであるので、その都度応えていきたいと報告者が答え、討論を終えた。

文責:田中俊亮
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花見の会のお知らせ

毎年恒例の花見の会について連絡します。

例年は新歓講演会と春の花見を一緒に開催しておりましたが、桜の開花が早まっていること等を勘案して花見の会のみを早めに執り行おうと思います。

3月31日(月)の夕方17時頃から平野神社を散策した後、近くで皆さんで集って懇親会を行なう予定です。

急な話で申し訳ありませんが、皆さまにおかれましては日程をご調整の上、奮ってご参加下さい。

なお、詳しい日程についてはまたご連絡致しますので、よろしくお願いします。

また、新歓講演会は別途4月10日(木)の開催予定で薦めますので、こちらも宜しくお願いします。

【花見の会】

3月31日(月) 17時頃より平野神社にて。その後、18時より懇親会

文責:富山仁貴
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新年度会長のご挨拶と今後の日程につきまして

関西学院大学の富山仁貴です。平素よりお世話になっております。

この度、日本思想史研究会の会長を担当することになりましたので、ご挨拶いたします。


【ご挨拶】

さて、既にご存知の方もいらっしゃるかとは存じますが、簡単に自己紹介をします。

私の専門は日本近現代史・社会運動史で、戦後京都における教員組合運動の研究をしています。また、戦後の知識人や史学史についても勉強しております。

学部生時代は立命館大学に在籍し、前会長の松川さんと同学年でした。

現在は、関西学院大学の新M3で、2014年度に修士論文の提出を目指して研究に取り組んでいます。

立命外の者が会長の重責を担当すると言うことで、色々と皆さんのお手を煩わせることがあるかとは思いますが、伝統あるこの研究会を精一杯頑張ってゆきたいと思います。

何卒、よろしくお願いします。

【当面の日程】

3月31日(月) 花見の会

 ……詳細は後日にまたご連絡します。

 急な連絡となって申し訳ありませんが、ぜひご参加下さい。


4月3日(木) 運営会議

 ……新年度の運営方針について相談します。

4月10日(木) 新歓講演会

文責:富山仁貴
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2013年10月31日例会報告要旨

タイトル:筧克彦の思想と「日本体操」
報告者が報告で取り上げたのは、戦前の神道思想家である筧克彦の身体技法論である。筧克彦は、大正から昭和戦前期に活躍した人物で、東京帝国大学法学部教授でありながら、記紀神話から天皇信仰の普遍性を主張する「古神道」、「神ながらの道」を説いた人物として知られている。だがその一方で、筧が体操や健康法などの身体的実践を重視していたことに注目した研究は皆無にちかい。また、筧が考案した「日本体操」(やまとばたらき)という身体技法の支持は、国内だけでなく植民地を含めた帝国日本の全体に及んでいるにも関わらず、ほとんど注目されていない。ゆえに、日本体操を研究の対象とすることは、近代天皇制の支配の構造と身体的実践の具体的諸相を明らかにするだけでなく、日本国内にとどまらない、植民地にも及ぶその関係性を追うことにつながるのである。
 身体技法の展開を具体的にとらえるために、報告者は日本体操(やまとばたらき)に注目した。この日本体操とは、筧克彦が考案した儀礼と身体的訓練を組み合わせた体操である。この日本体操は、身体的実践を通して天皇崇拝を人々の心に受容させるのに有益な体操として、守屋栄夫や二荒芳徳ら、当時の有力な政治家・官僚などに高く評価されていた。また、加藤完治など筧と親しい関係にあった農本主義的な農業指導者は、実際にこれを採用して、満州への開拓移民を養成する農業訓練所や開拓地において、青少年に実践させている。今後はこうした筧の身体技法を歴史上にどのように位置づけることができるのかを明らかにしていきたい。

文責 西田彰一
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