日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

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2013年12月19日報告要旨

12月19日例会において、「中国聖諭と江戸の「教育改革」」という題で報告した。

明王朝の聖諭「六諭」と清王朝の聖諭「康熙十六諭」を中心に、中国皇帝の聖諭はどのように徳川日本で説かれたのか、それが寛政異学の禁と、どのような関係があるのか、について検討した。『聖諭広訓』の和刻過程を明らかにし、懐徳堂における本書の講釈から、本書に対する中井竹山はじめとした懐徳堂知識人たちの捉え方を解明した。そして朱子学正学派学者は中国聖諭に語った教化観・学校論などを共有したことを証明し、「六諭」「康熙十六諭」関係書の思想の寛政期における「教育改革」への影響を解明した。

文責:殷暁星

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12月19日例会予告

本日の例会について、お知らせします。

論題:中国聖諭と江戸の「教育改革」

報告者:殷暁星


明王朝の聖諭「六諭」と清王朝の聖諭「康熙十六諭」を中心に、中国皇帝の聖諭はどのように徳川日本において説かれたのか、それと寛政異学の禁と、どのような関係があるのか、についていくつかの考察を報告いたします。

参考資料:

陶徳民『懐徳堂朱子学の研究』大坂大学出版会、1994年。

辻本雅史『近世教育思想史の研究――日本における「公教育」の源流』思文閣、1990年。

よろしくお願い致します。
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12月12日齋藤報告討論要旨

今回は、齋藤公太氏によって「闇斎学派の南朝正統論――神皇正統記の受容史における転換」の報告がなされた。
質疑では、まず報告者の挙げた闇斎の史料を、南朝正統論と解して良いのか、という史料読解に関する質問が出された。これに対し報告者は、確かに本史料のみから闇斎の南朝正統論を言うことはできないが、別の史料とつき合わせれば、南朝正統論の枠組みで解すことができると回答した。
続いて、報告者が浅見絅斎らを叙述する際に用いる、「綱目的正統論」という概念が持つ妥当性について、とりわけ「道徳性」をどう捉えるかという観点からの質問が出された。これに対して報告者は、「綱目的正統論」とは普遍的な「理」によって担保されるような正統論であり、他方「神器正統論」は歴史的事実性を重視する正統論であって、こうした規定をなせば「綱目的正統論」を使用する妥当性はあるものの、確かに「道徳性」の問題に関しては再考の余地があると述べた。
次に、先行研究で指摘されている、玉木正英を闇斎学派における神器論の転回と見る見解に対して、報告者はどのように考えているのか、という質問が出された。これに対し報告者は、闇斎の段階で既にある程度の神器論が形成されており、正英はこの闇斎の議論をさらに体系化するような役割を果たしたと考えている、という形で回答した。この回答に対しては、加えて「神籬磐境」の秘伝などとの関係性を考えれば、やはり闇斎学派の神器論や歴史認識を考える上で、正英は重要な位置を占めているのではないか、という意見が出された。
また、闇斎学派第二世代以降における正統論の議論は、闇斎学派内における彼らの影響力とどのような関係を持っていたのか、という質問も出された。これに対して、闇斎学派内における影響力を推しはかることは難しいが、少なくとも絅斎門の影響力を重視するような見解は、近代以降に「再発見」されてくる見方であるため、この点には注意しておかねばならない、という回答がなされた。
 最後に、本報告の全体的な構成に関わる問題として、闇斎学派における『神皇正統記』受容に関する研究が今持つ意味とは何か、という質問が出された。これに対して報告者は、自らが念頭においているのは、いわゆる皇国史観による闇斎学派顕彰への批判であり、かかる研究との差異化を図る中で、「近代」というものを考えたいと答えた。この回答に関してはさらに、戦前の皇国史観に対して批判的に登場してきた戦後思想史の成果をどう捉えてゆくのか、という点をも勘案した上で研究を進めてゆく必要がある、という意見も出された。この意見に対して報告者は、確かに戦後思想史の成果を斟酌する必要はあるものの、戦後思想史はむしろ徳川時代の言説における「日本」という問題を回避してきたがゆえ、自らはむしろかような問題に対して立ち入った考察を行ってゆきたい、という形で答えた。

文責:松川雅信
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年会費・会誌費の納入につきまして

弊会の年会費と会誌費の納入につきましては、下記の振込口座に振り込みのほど、よろしくお願い申し上げます。

年会費
一般会員・学部学生:2,400円

大学院生:5,000円

維持会員:10,000円

雑誌会員:1,000円

会誌費
1,000円

※会誌費につきましては、第30号よりデザインの変更に伴い、頒価を変更させていただきました。

口座振込先

郵便振替
01080-0-15497
口座名称(漢字):日本思想史研究会
口座名称(カタカナ):二ホンシソウシケンキュウカイ

銀行口座
銀行名:京都中央信金(コード:1611)
支店名:花園支店(コード:026)
種別:普通
口座番号:0558327
名義:リツメイカンダイガクニホンシソウシケンキユウカイ
   (立命館大学日本思想史研究会)
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12月5日例会討論要旨

今日、肖月氏は「伊勢信仰の研究について」を題として報告された。質疑応答に入る前に、まず司会から報告者今後の研究における本報告の位置づけについて確認した。今後、村役人と伊勢信仰との関係について研究し、今日の報告は現段階の先行研究批判だと答えた。それにつき、先行研究に対する伊勢講研究の沈静化という批評の意味について、事実確認として質問があった。「暗い近世」という認識による研究史の停滞を指すと報告者の答えだった。そして、伊勢講の「聖」「俗」状態の具体像の確認に対して、御蔭参りに行く「聖」状態と日常としての「俗」状態と報告者が答えた。
 報告は研究目的が不明瞭のため、報告における先行研究の整理に、いくつかの矛盾が見られると指摘された。特にマルクス主義階級闘争の文脈でおかげ参りに対する捉え方について、報告者は批判したが、結局報告者自身も同じ文脈で伊勢信仰を考え、中には先行研究に対する誤読も見られる。
 続いて、いわゆる「伊勢信仰の研究」ついて、具体的な研究対象についての説明が要求された。これに対して報告者は伊勢参宮による民衆の意識などの課題を提示した。現段階で報告者の扱う史料批判も含め、網羅的な先行研究より、具体的なターゲットに関する先行研究の整理がより必要であるとのコメントがあった。
 最後、史料批判について当該史料の扱う目的についての質疑があり、報告者は当史料群の量と質の面から、分析しやすい史料であると答えた。それについて、さらに史料批判における地方史・自治体史・神社の由緒などの書き方についての研究、史料自身の中身の分析などをめぐって意見がだされた。

文責:殷暁星
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12月12日例会予告

論題:闇斎学派の南朝正統論──神皇正統記の受容史における転換

報告者:齋藤公太(東京大学大学院)


要旨:

南北朝時代の公家・北畠親房によって書かれた『神皇正統記』は、後期水戸学において祭政一致の「国体」を表すテクストとしてとらえられ、そのような解釈は近代日本のイデオロギーへと継承されていった。かかる解釈の成立背景にはいかなる正統記の受容史があったのか、今回の発表では山崎闇斎学派の南朝正統論を通じて考察する。

参考文献:
岡野友彦『北畠親房──大日本は神国なり』(ミネルヴァ書房、2009年)
土田健次郎「朱子学の正統論・道統論と日本への展開」(吾妻重二・黄俊傑編『国際シンポジウム 東アジア世界と儒教』所収、東方書店、2005年)
鳥巣通明「北畠親房と崎門学派」(平泉澄監修『増補 北畠親房公の研究』所収、皇學館大學出版部、1975年)
内田周平「崎門学者と南朝正統論」(平泉澄編『闇斎先生と日本精神』所収、至文堂、1932年)
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『日本思想史研究会会報』第30号の発送作業につきまして

研究会の皆様へ。

遠方にてシンポジウムに参加できなかった会員の皆様方への発送作業につきまして、お知らせします。

今週の12月6日(金)に、会報最新号の発送作業を行います。

お手元に届くまで、しばらくお時間をいただければ幸いです。

文責;岩根
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12月5日例会予告

今週の例会について、お知らせします。

論題:近世伊勢信仰の研究について

報告者:肖月


おもに伊勢信仰研究の流れ、問題点を取り上げ、また今後の見通しについて話させていただきます。

参考文献は以下の通りです。

西垣晴次『お伊勢参り』、岩波新書、二〇一三年

―――『神々と民衆運動』、毎日新聞社、一九七七年

―――『ええじゃないか―民衆運動の系譜』、新人物往来社、一九七三年

西垣晴次編『伊勢信仰Ⅱ』、雄山阁、一九八八年

深谷克己『民衆運動と為政』、校倉書房、二〇一〇年

―――『近世の国家・社会と天皇』、校倉書房、一九九一年

深谷克己・薮田貫く編『展望日本歴史15近世社会』、東京堂出版、二〇〇四年

よろしくお願いします。
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