日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

10月17日例会討論要旨

報告ののち、内容確認として報告中に登場する津田真道、西周、稲葉正邦の慶喜政権下での位置づけについての質問が出た。
報告の先行研究との位置付けとして、従来の京坂政権を将軍・朝廷・藩の議論による国是体制と捉える図式との違いについての質問が出た。これに対しては、一方で江戸には先例により政策を決定する体制が残っており、これも無視できないものであり、時局の中で政権のありかたを問うのではなく、近世の公権力として問わねばならない、そして合議制と先例体制が同時に存在することは、近代にもつながる問題であるという捉え方を提示した。
個々の内容について、①京坂政権における大坂の位置付けについて、②慶喜が大政奉還によって、どのように政権構想の課題を乗り越えようとしたのか、③西周らの政権構想のもとになるものは何だったのか、④徳川政権下において、豊臣政権が理想化された意味は何だったのかという点につき、質問が出た。①については、天皇が京都にいるため、京都が基本となるが、西周は、公家の力を抑えるため、大坂を主張したと答えた。②については、大政奉還は諸藩による合議制への移行をめざす中で出された案であり、近代へ課題は持ち越されたと答えた。③については、留学経験や福澤の万国体制論、西欧の状況が関わる、また稲葉正邦においては、両関白制の考えももとになっていたと答えた。④については、徳川政権が都合のいいように、先例とした、例えば、豊臣政権が国書の問題につき、朝廷の判断を突っぱねた先例であり、また、政治的には五大老(=諸藩による合議制)や外様の政治参加の先例とされたと答えた。

文責:石原
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10月17日例会報告要旨

今回は、「政治的中心地をめぐる葛藤―慶喜政権期の京都と江戸―」と題して、慶応2年12月5日将軍宣下から慶応3年10月15日大政奉還までの慶喜政権の性格の一端を明らかにすることを目的に報告を行った。従来の先行研究は、長州処分・兵庫開港などなにかしらの政治的な意見対立、相克の過程を分析することで近代国家形成の道筋へつなげる手法をとっていたが、江戸と畿内に分離した慶喜政権の組織運営の問題を無視しており、具体的な実証研究がなかった。
そこで、幕府と諸藩留守居との関係性に着目し、諸藩からのさまざまな許可申請に対して幕府が先例に基づく可否を判断することについて、将軍が変転する政局に乗り込み畿内に駐留して江戸を留守にしている状況を踏まえ、政権の所在とその構造を統一的に把握することとした。
そして実証研究に基づいて、全封建領主を統合して江戸を中心に公権力として存在していた徳川家が京都で公権力を再編成することの限界。江戸で蓄積された諸藩間との「先例」の重要性と諸藩留守居を通じて申請・達を行う江戸のシステムは、「公儀」である大きな存立根拠の1つで無視できなかったことを明らかにした。

文責:宮本
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10月31日例会予告

10月31日の例会についてご連絡します。

論題:筧克彦の思想と「日本体操」

報告者:西田彰一


参考文献

竹田稔和「筧克彦の国家論――構造と特質」『岡山大学文化科学研究科紀要』10号、2000年、

同「「ドグマティズム」と「私見なし」――筧克彦の古神道について」『岡山大学文化科学研究科紀要』11号、2001年。
石川健治「権力とグラフィクス」長谷部恭男・中島徹編『憲法の理論を求めて――奥平憲法学の継承と展開』(日本評論社、2009年)。

よろしくお願いします。

文責:岩根
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明日の例会は休会です

明日の例会は休会です。よろしくお願い致します。
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10月17日例会予告

例会につきましてお知らせします。よろしくお願いします。

題目「政治的中心地をめぐる葛藤―慶喜政権期の京都と江戸―」

報告者:宮本敦恒


従来、分析がなされている政局以外の慶喜政権の組織運営を押さえつつ、将軍の位置づけと朝廷との係わり、政権の所在地の問題を分析・評価することで、当該期の幕藩関係を中心とした公権力の在り様を明らかにする

参考文献
家近良樹『徳川慶喜』、吉川弘文館、2004年
笠谷和比古『江戸御留守居役 近世の外交官』、吉川弘文館、2000年
拙稿「将軍進発期江戸・大坂間の幕府政務処理について―幕府勝手方に係わる決裁を中心に―」(『立命館文学』第610号、2009年2月)
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10月10日例会報告要旨

丸山眞男にとって近代とは、一つのモデルでありました。そのモデルとは、一言で言えば西欧において成立した〈国家‐個人〉モデルです。丸山はこのモデルの緊張感を評価したのでした。この緊張感は個人がどれだけその主体性を発揮できるかという点にかかっています。ですから、いわゆる「丸山政治学」では「政治を国家から開放する」というベクトルが志向され、必然的に「公共性」という概念が演繹されます。「国家と個人の関係を如何に説明するか」という近代以降の政治思想の抱える一大命題に対し、丸山は「個人」という観点からこれを考えました。結局のところ、丸山はこの問題に対し「公共性」という青写真しか描けなかったため、この問題はまさに今日でも課題として残っています。(夜店)

このように、近代化を〈西欧〉モデルを想定し思考した丸山ですが、日本の近代化を考えたとき一つの問題にぶつかってしまいました。先ほど、丸山は近代の成立の意味を〈国家-個人〉モデルの持つ緊張感に捉え、その緊張感を担保するために個人の主体性を重視したと述べました。西欧では、そのモデルの成立に際しキリスト教という普遍者が媒介となり得ましたが、日本にはキリスト教に代わるような普遍者がいないという問題がここで生じます。①「主体性は普遍者、超越的絶対者にコミットしなければ実現できない」②「日本には普遍者がいない」このアポリアにどう向き合うのかというのが丸山の課題でした。  

そんななか丸山は、日本思想史のなかに「普遍者」の可能性を探し始めますが、その可能性はことごとく挫折し、その「究極的原因」を探り始めるに至る。これがいわゆる「古層論」です。(本店)一方、目を世界に転じると、大衆社会の成立のなかで日本と同じような状況に陥っている西欧の姿がありました。それは近代化をめぐる宿命でした。この宿命の前には、近代をめぐる西欧と日本の距離の差はもはや無く、西欧に成立した近代化モデルを理想とし、日本における近代化の問題に向き合い続けた丸山は、まさに近代が抱え込んだ宿命というべきその「問題」の前に立つことになります。

こうして、西欧における近代化モデルを念頭に、日本の近代化の問題を考え続けた丸山は、その思索のなかで徐々に〈西欧〉を相対化させ、近代化の持つ宿命を見つめるに到たりました。この宿命にどう向き合うか、それは今日の課題でもあります。そこに今日なお丸山が読まれ続ける理由がありますし、その意味で丸山眞男は現在の思想でありつづけています。

文責:風間
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10月10日例会討論要旨

今回は風間健氏による「丸山眞男の思想」についての報告があった。

まず、報告に対する質疑の前に、司会から報告者に、今回の報告における研究史整理について補足説明を求めた。報告者からは、90年代までの丸山研究を4つのパターンに分け、近代化、国民国家批判などそれぞれの立場の問題点を挙げた。

最初の質疑では、まず「丸山眞男の思想」という題名について、卒業論文の題名なのか、本報告用の題名なのか確認された。報告者は、まだ問題意識がはっきりしない段階なので、大きな題名にしたと答えた。これに対し、章立てなどはどうするのかと質問があったが、報告者は具体的なものはまだ用意できていないと答えた。

次に、本報告の問題の所在はどこにあるのかとの質問があった。報告者は、丸山の著書がまとまった形で90年代以降に刊行され、丸山の全体像を見ることが出来るようになった状況があり、もともと日本の近代を考えたいという関心の中で、今回の報告を行ったと答えた。これに対し、従来の丸山論との差異は何かという質問が行われた。報告者は、丸山を歴史的な思想史の流れで考えたい。その中で、従来丸山論の中で「本店」、「夜店」と呼ばれるものの関係性を重視することで、観念的なものだけで論を立てないようにしたいとした。

本報告の中で、図式化されたものがあるが、この根拠を示してほしいとの質問には、報告者は、今まで報告者が丸山の著作を読んだ中で作り上げたものだとした。

ここで、改めて報告者が丸山を取り上げる意味を問う質問が出た。報告者は、日本人にとっての近代とはなんなのかを考察する上で、日本人が近代の体験をどのように語っているかを見たいのだと答えた。これに対し、学問的な問いとしてもう少し深めるべきとの指摘があった。また、内容の要点について問う声があった。報告者は、丸山は近代を相対化したが、それに対する答えが丸山にないのではないか。なぜ答えを出さなかったのかという所を自分なりに考えてみたと答えた。

これを受け、思想史の方法論として、歴史的な文脈をまず把握する事が必要ではないか、「近代」を語る場を考えるべきではないのかという質問が出た。報告者は、その通りだとし、「箱根会議」を手がかりにしたいとした。

文責 宮本敦恒
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第51回部落研究者全国集会のお知らせ

下記の日程で行います。

日程  2013年10月26日(土)~27日(日)

 会場 同志社女子大学・今出川キャンパス
(京都市上京区今出川通寺町西入)

 内容
  第1日 全体会(10月26日)   午後1時30分~5時    楽真館

    報告    いじめ問題の克服と教育実践  折出 健二(愛知教育大学)

■ 第2日 分科会(10月27日)  午前10時~午後4時30分  ジェームズ館・栄光館


一、歴史1 <テーマ 遊廓の存立構造と変容>
  ○遊廓と近世社会 :横山 百合子   (日本近世史研究者)
○公娼制度の近代転換期 :人見 佐知子 (甲南大学)

二、歴史2 <テーマ 二〇世紀日本の社会運動―地域と人権の視点から>
○一九二〇年代の社会運動と在野法曹:吉川 圭太 (神戸大学)
○高度成長期の地域開発と社会運動 ―大阪府和泉市信太山丘陵の宅地開発をめぐって―:森下  徹 (日本近現代史研究者)

三、現状分析・理論 <テーマ 地域における人権課題を考える>
○福岡県における同和行政を終結させる取組み :植山 光朗 (福岡県地域人権運動連合会)
○地域における貧困問題、福祉の取組み :丹波 真理・伊藤 みほ (愛知県・ゆうあいグループ海部東部事務所)
○地域における貧困と人権の課題 :石倉 康次 (立命館大学)

四、教 育 <テーマ いじめ・体罰問題と教育実践>
○いじめ自死事件の教訓と提言
―大津市立中学校いじめ事件を通して― :松浦 善満 (和歌山大学)
○体罰はなぜなくならないか なくすにはどうしたらいいか :吉田 一郎 (滋賀県立大学)
 
五、思想・文化 <テーマ 人権の深い淵より>
○宗教者の観点から―人権について 大江 真道 (京都宗教者平和協議会)
○川端康成作「山の音」における女性の群像 中村 美子 (大阪経済大学)

参加費  2000円 (学生・院生は1000円)

■部落問題研究者全国集会は、部落問題にかかわる学際的な研究会として1963年に開始されました。それ以来、部落問題に関する多方面からの研究成果の発表の場、また、新たな課題を提起していく共同の研究の場として発展し、今年で51回目を迎えます。
■今日、世界的な「グローバリズム」・「新自由主義」とその破綻状況の下で、さらには東日本大震災や原発事故が引き起こされた中で、さまざまな人権問題や地域社会をめぐる問題が顕在化・深刻化しています。そうした諸問題を原理的かつ具体的に分析、究明していくことが切実に求められています。
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2013年度日本史研究会総会・大会のお知らせ

下記の日程で行われます。興味のある方はご参集ください。

2013年度 日本史研究会総会・大会

大会テーマ 歴史の中の〈権力〉と社会

日程 10月12日(土)・13日(日)
場所 京都産業大学(京都市北区上賀茂本山)
10月12日(土)  総会 午前9時~11時30分(12号館12502)
個別報告

[第一会場](12号館12502)

14時~15時10分

丸山裕美子 「平安中・後期の医学と医療」

15時30分~16時40分

伊藤裕偉 「港をめぐる人と地域―泊浦・志摩・熊野―」


[第二会場](6号館518)

13時~14時40分

横山篤夫 「市民運動と歴史研究

―ピースおおさかと15年戦争研究会―」

コメント  山辺昌彦

「平和博物館における「15年戦争」についての取り組みの変遷」

15時~16時10分

高槻泰郎 「近世中後期大坂金融市場における「館入」商人の機能」

10月13日(日) 共同研究報告
[第一会場](6号館519)

古代史部会  報告10~11時 関連報告・討論13時~

岩田真由子 「追善からみた親子関係と古代王権の変質」

関連報告  稲田奈津子 「日本古代の服喪と追善」

中世史部会  報告11時20分~ 討論15時10分~

樋口健太郎 「中世前期の摂関家と天皇」

[第二会場](6号館518)


近世史部会  報告10時~ 討論15時~

村 和明 「近世朝廷の制度化と幕府」

石田 俊 「近世朝廷における意思決定の構造と展開

―「表」と「奥」の関係を中心に―」

[第三会場](12号館12502)



近現代史部会  報告10時30分~ 討論14時30分~

奈良勝司 「近代日本形成期における意思決定の位相と「公議」

―衆論・至当性・対外膨張―」

三村昌司 「近代日本における政治的主体の形成

―明治前期の議事機関から―」

懇親会 17時45分~(神山ホール内 ふるさと)

会場整理費  会員1000円 非会員1500円 学部生500円




◇◆京都産業大学への利用交通機関のご案内◆◇
1.JR京都駅より地下鉄烏丸線で国際会館駅下車(4-1出口)→京都バス(40系統)で約10分、「京都産業大学前」下車※学会期間中、京都バス40系統(国際会館駅前~京都産業大学前)を臨時増発します。
※10月13日9~10時頃の「国際会館駅発京都産業大学ゆき」は特に混雑することが予想されます。時間には余裕をもってお越し下さい。
※国際会館駅前~京都産業大学前のバス運賃は190円です。あらかじめ小銭をご用意くださいますようご協力下さい。なお、地下鉄ではICカード(ICOCAなど)が使えますが、京都バス・京都市バスでは使えません(スルっとKANSAIカードは使えます)。
※京都観光一日乗車券・二日乗車券は、40系統(国際会館駅~京都産業大学前)一部区間でご利用になれません。別途運賃160円が必要ですのでご注意願います。

2.京阪電鉄鴨東線出町柳駅より京都バス(32・34・35系統)で約30分、「京都産業大学前」下車
3.JR京都駅より地下鉄烏丸線で北大路駅下車→京都市バス(北3系統)で約15分、「京都産大前」下車
4.叡山電車鞍馬線二軒茶屋駅で下車、京都産業大学まで徒歩約15分
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10月10日例会につきまして

下記の通り行います。

論題:「丸山眞男の思想」

報告者:風間健


【要旨】

丸山眞男をめぐる資料の整理作業は『丸山眞男話文集』(~09)に至るまでの一連の丸山関連の著作の刊行として具現化されてきた感があります。丸山眞男生誕百年(=2014年)を目前に、丸山を論じるための資料が一通り出揃ったことで、丸山に関する研究が活気を見せ始めるなか、2012年の「丸山眞男研究プロジェクト」の発足は「丸山眞男を読み直す」という標語が、いよいよ具体的な形で意味を持ち始めたことをわれわれに強く印象づけました。プロジェクトの進行とともに、これから丸山眞男に関する研究は飛躍的に進むことが期待されますが、折角そうした節目の時期に丸山を卒論のテーマに選んだので―これも何かの縁と思って―本報告ではもう一度、『丸山眞男集』を私なりに読み返すという作業をしてみたいと思います。


報告の性格上、参考文献は特にありませんが、差し当たり、

小関素明「歴史学と公共性論」(山口定ほか編『新しい公共性』有斐閣、2003)
田中久文『丸山眞男を読み直す』(講談社選書メチエ、2009)
遠山敦『再発見日本の哲学 丸山眞男―理念への信』(講談社、2010)
丸山眞男『自由について―七つの問答―』(編集グループ〈SURE〉、2005)
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10月3日例会討論要旨

今回は、文学部日本史学専攻4回生原田直哉氏によって「綱吉以後の生類政策」というタイトルで報告が行われた。討論では最初に、先行研究の整理に関して、とりわけ生類憐み令の研究史の中に、近世の「世直し」論のごとき研究がどのように位置づけられるのか、という点についての質問が出された。これに対し報告者は、そうした研究を勘案することは極めて重要でありながらも、先行研究整理としてではなく、章を改めた箇所で言及するとの回答を行った。次に、卒業論文執筆に向けた論文構成に関する事実確認として、論文の「序章」該当部分での議論の概要に関する質問が出された。これに対して報告者は、「序章」では基本的な論文の要旨のみを論述する予定である、との旨を示した。続いて、報告者の使用する「生類憐みの志」なる概念が示す内実に関する質問、及びこのような概念を使用することについての問題性の指摘が行われた。この質問との関わりでは、さらに生類憐みの令それ自体についての定義づけを、当該社会やあるいは他時代との関係性の中で歴史的に行う必要があるという旨の指摘も行われた。これらに対し報告者は、なるほど再考の余地があるという旨の回答を行った。また、今後の論文執筆に際しての具体的なアドバイスとして、町触を精緻に読みといてゆく中で、同様の町触が時代ごとにどのように変遷してゆくのか着目する必要がある、というような意見も出された。


文責:松川雅信


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10月3日例会報告要旨

10月3日の報告では、卒業論文のテーマである「綱吉以後の生類政策」について報告した。まず、生類憐みの令に関する先行研究をまとめた。ここでは、はじめに徳富蘇峰の『近世日本国民史』について触れ、生類憐みの令が、人々を苦しめた悪法であるといった評価が定着したことを述べた。次にその評価が見直されるきっかけとなった塚本学氏の研究を紹介した。塚本氏は、生類憐みの令の一部は社会情勢にも対応しうる大きな政策の一環として捉えることができると述べた。この研究により、近年の生類憐みの令の研究は見直しを進めていく傾向が強い。

 次に、これらの先行研究の問題点として、生類憐みの令の社会的役割を論ずるには、後の時代への影響を考慮しなければならない点、徳富氏が強く主張した生類憐みの令の悪法としての部分にも目を向け、二面性を考えていかなければならない点を指摘した。

 後半は、綱吉の死後、生類憐みの令が撤廃されたことを踏まえたうえで、家宣、家継、吉宗の生類政策を『江戸町触集成』等から紹介しながら、後の時代でも生類憐みの令と関連付けることができる法令があることを述べた。

文責:原田
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