日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

新しい情報を更新しました

本研究会の後期日程につきまして、新しい情報を反映しました。

今後ともよろしくお願い致します。

また、本研究会にて報告希望する方は、ご一報下されば幸いです。

今後ともよろしくお願いします。

文責:岩根
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後期日程の件につきまして

先日の打ち合わせにて、後期例会の日程が決まりましたので、お知らせします。

後期の報告日程が下記の通り決定しましたので、お知らせします(敬称略)。

後期の報告日程が下記の通り決定しましたので、お知らせします(敬称略)。



10月3日 原田
  10日 風間
  17日 宮本
  31日 西田
11月7日 胡
  14日 平賀
  21日 岩根
  28日 石原
12月5日 肖
  12日 齋藤
  19日 殷


10月3日:学而館第3研究会室、それ以外:学而館第1研究会室。いずれも18時~。

10月24日・1月9日・1月16日は、報告者が入らない限り、お休みとさせていただきます。

本研究会にて報告を希望する方がいれば、ご連絡いただければ幸いです。

文責:岩根
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会報最新号に原稿を投稿希望する方々へ

広報担当の岩根です。

さきほど投稿規定の欄を新しい情報に更新しました。

編集担当の方々と相談した結果、

最新号の〆切期日につきまして、今年度の10月15日に書き改めました。

編集作業や送付作業などについて勘案するならば、

最新号の原稿投稿予定者の方々は、できれば10月15日までに原稿を送付して下さると、今後の編集作業もスムーズになると思いますので、ご協力のほどよろしくお願い致します。

また、ブログ内の投稿規定の情報も新しい情報に反映しました。合わせて参照して下されば幸いです。

よろしくお願いいたします。

文責:岩根
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後期例会に関しまして

後期例会に関してお知らせします。下記の日程で、本研究会の後期例会を行います。参加が初めての方も歓迎します。本研究会に興味がある方は、一度のぞいて下されば幸いです。

日時:9月26日(木)18時~

場所:学而館2階第3研究会室

※いつもの場所とは、異なるのでご注意ください。

最初の例会では、後期の報告日程等を決めます。卒論・修論を抱える方から優先的に報告して頂く予定です。

よろしくお願いします。

文責:岩根
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大須観音@名古屋合宿二日目

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熱田神宮@名古屋合宿二日目

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合宿の様子@名古屋夏季合宿

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合宿報告の様子
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研究会夏季合宿@名古屋

先日、三日間の日程で名古屋で夏季合宿を行いました。

後日にはなりますが、巡見での写真はブログにてアップするつもりでいます。

夏季合宿では、OBや外部の方などにも参加していただき、

広報担当の勝手な感想にはなりますが、

改めて、思想史という専門分野に引きこもらないことの重要性を感じた次第です。

来年の合宿の詳細は分かりませんが、いまのところ埼玉を予定しております。

今後とも本研究会へのご支援のほど、よろしくお願い致します。

文責:岩根
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夏季合宿坂元報告の報告題名

上記の件につきましてご連絡します。

報告:『やりなおし高校世界史: 考えるための入試問題8問』を読む

報告者:坂元宏之(立命館大学大学院)

著者:津野田興一ちくま新書994

出版年:2013年

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(2013/01/09)
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夏季合宿上田報告の報告題名

論題:「大韓帝国皇太子記録映画を めぐって」

報告者:上田学(日本学術振興会特別研究員)

要旨:
 1909年、日本の映画会社が、大韓帝国皇太子・李垠が出演した記録映画を製作
した。この映画は、伊藤博文の提案により韓国民衆の宣撫を目的として製作され
たことが、すでに先行研究で指摘されており、実際に愛国婦人会などが主催した、
朝鮮半島における上映会の記録も明らかになっている。
 しかし、これらの映画が、日本でどのように上映され、人々に受容されたのか
については、これまで研究されてこなかった。本発表は、この記録映画が日本で
どのように受容されたのかを明らかにし、その政治性を再検討するものである。

参考文献:
卜煥模「韓国皇太子と伊藤博文」『日本映画史叢書9映画のなかの天皇』森話
 社、2007年
趙景達『近代朝鮮と日本』岩波書店、2012年
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夏季合宿崔報告の報告題名につきまして

上記の件についてお知らせします。

報告題名:「近世における石碑顕彰の日本・朝鮮比較研究」

報告者:崔載國(埼玉大学大学院)

【研究テーマ】
•近世東アジアの国々では、時期のずれはあるが石碑に対する関心があった。本研究は江戸時代の日本と朝鮮王朝時代の韓国における石碑の顕彰や研究の背景と影響関係を明らかにすることによって、当時東アジアで石碑を中心にした文化交流関係を確認しようとする。

【研究内容】
•江戸における石碑顕彰の関連事例としては、徳川光圀の那須国造碑の比定と並河誠所の金石学著書である『擬集古録』がある。

•朝鮮王朝の場合、早い時期から金石文につい関心があったが、鑑賞が主な目的であった。その関心がだんだん朝鮮の金石文に移り、19世紀になると飛躍的に発展することになる。朝鮮の金石学の頂点にあったのが金正喜の『金石過眼錄』と吳慶錫の『三韓金石錄』である。

•以上の二つの著作は、その前の時期までの目録集水準であった他の著作と違って、石碑に対して判読・考証・解釈・批評などの研究を行った研究書である。

•当時の金石学の発達の原因や背景としては、研究者によって少し異なるが、清朝での考証学だと言われている。考証学のどのような面から影響があったかについては今から明らかにする必要がある。

【参考文献】
•イム・セグォン、「朝鮮時代金石文研究の実体」、『国学研究』創刊号、韓国国学振興院、2002年

•リ・ギュウピル、「吳慶錫の『三韓金石錄』に対する研究」、『民族文化』29、民族文化推進会、2006年

•愼鏞厦、「吳慶錫の開化思想と開化活動」、『歴史學報』、歴史學會、1985年

•趙成山、「18世紀後半-19世紀前半、朝鮮の碑學の流行とその意味」、『精神文化研究』第33巻第2号、2007年

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夏季合宿川合報告の報告題名

上記の件につきましてご連絡します。

報告題名:「1910年代におけるサンディカリズムに関する言論と知識人の存在」

報告者:川合大輔(名古屋大学大学院)

【要旨】

戦後の日本において、サンディカリスムについてのまとまった研究が著されてきたのは、1970年代になってからのことである。喜安朗氏が『革命的サンディカリズム パリ・コミューン以後の行動的少数派』(河出書房新社、1972年1月)を上梓したことによって、それまで散布していたサンディカリスム研究が、相互批判的にまとまりをみせてきたのであった。近年においては、桐生尚武『イタリア・ファシズムの生成と危機 1919―1925』(御茶の水書房、2002年11月)など、サンディカリスムの理念や内容が、どのようにファシズムへと接続・転化していったのかを詳述した著作も発表されている。

ところで、フランスやイタリアなどの諸外国ではなくて、近代日本で展開したサンディカリスムについては、社会運動史や政治史の中で論じられることはあっても、サンディカリスムそのものをまとめた研究書は、管見の限り見当たらない。

そして興味深いのは、戦前において「非合理主義」と罵られていたサンディカリスムが、戦後においては、白眼視されなくなったことである。その理由の一つとして考えられるのは、サンディカリスムの普及に貢献した大杉榮の思想や生き様が、戦後の研究において、概して、高く評価されていることである。大杉に関する先行研究は数多くあって、その思想の内のどの側面にアクセントを置くかは論者によって異なる。けれども、思想の本質なり構造なりについては、おおむね見解が一致している。典型的な例を示すと、次のようなものである。


大杉は、明治社会主義の中から幸徳の後を継ぐ無政府主義として生まれたが、まずその個人主義を徹底化することによって明治社会主義と(そしておそらく明治の思想界そのものと)別れ、大正初期の文壇をリードした。次に彼は、その組合主義に依拠することによって、明治の社会主義者が空想の中においてしか果たせなかった夢、つまり、労働者階級と具体的に結びつくこと、に成功し、その別れを決定的にした。(竹山護夫『大正期の政治思想と大杉栄 竹山護夫著作集第二巻』、名著刊行会、2006年1月、124頁)


ここに〈自由〉や〈反逆〉といった鍵概念を上掛けすると、大杉榮の典型的な思想像となる。このように、大杉の思想を読み解く際の角度は、おおむね固定されている。そして、その角度からみられた大杉の思想の評価は、概して高いものとなっている。それゆえ、このフィルターを通してみられたサンディカリスムが、ただちに白眼視されることはないはずであるし、ファシズムと結びつくことも、ねじれ現象とみなされるはずである。

この見方は、戦後から現在にかけて、近代日本型サンディカリスムを認識する際の基礎となっているので、どれほど新資料を提示しようとも、それは、この通常の見方を補強する手段となるのみである。ところでこのような、戦後から現在にかけてのサンディカリスムへの認識・評価が正しくて、それとは食い違っている戦前におけるサンディカリスムへの認識・評価が誤っている、と即座に決めつけることはできない。このことから、近代日本型サンディカリスムそのものをまとめた研究が見当たらないこともあり、まず行うべきなのは、サンディカリスムに関する言論の軌跡をこまめに追っていき、時代状況と関連づけながら、その意義を確認していくことであると考える。

このような問題意識から、本発表では、最初に、サンディカリスムへの関心が本格化してきた時期に、知識人が、その概要をどのようにとらえていたのかを論じる。次に、サンディカリスムの普及に貢献した大杉榮の思想を論じる。その際、とくに、大杉の科学観・科学論に注目する。この視点は、大杉の思想を読み解く立場として、それほど重視されていない。けれども、梅森直之氏「大杉栄における「科学」と「自由」―明治社会主義との関係において―」(『早稻田政治經濟學雜誌』第309・第310合併号、1992年4月)で記されているように、大杉の思想は、科学と密接に結びついている。


大杉の「科学」への関心が青年期に端を発し生涯を通じて変わらなかったことは、「科学」を主題とした多くの論説の執筆や、ダーウィンの『種の起源』、クロポトキンの『相互扶助論』、ファーブルの『昆虫記』等をはじめとする自然科学の名著の翻訳が、生涯を通じて活発に行われていることからもうかがえる。(377頁)


それゆえ、本発表では、大杉の科学観・科学論を読み解く。このことを重視する理由は、論の途上で明らかになる。最後に、大杉の論説を批判した土田杏村の思想を読み解く。この作業を行うことによって、サンディカリスムの伸長と共に起きてきた重要な事柄が、より明らかとなる。

参考文献

ソレル『暴力論』上・下巻(今村仁司・塚原史訳、岩波書店(岩波文庫)、2007年9・11月)
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夏季合宿岩根報告の報告題名

上記の件についてご連絡します。

報告題名:「言葉の始原とコスモロジー-幕末国学言語論の思想的位相」

報告者:岩根卓史(立命館大学大学院)

本報告は、幕末国学思想の中でも、これまで「傍流」と位置付けられてきた、〈言霊音義派〉と呼ばれた国学者、具体的には、鈴木朖(1764-1837)・高橋残夢(1775-1851)・富樫広蔭(1793-1873)などの思想家に着目して、幕末思想史の問題を再考したいと思います。何度か報告は聞いたことがあると思いますが、新しい史料についても付け加えながら、もう少し掘り下げた分析を試みたいと考えています。

【参考文献】

川村湊『言霊と他界』、講談社学術文庫、2002年。

桑原恵『幕末国学の諸相―コスモロジー/政治運動/家意識』、大阪大学出版会、2004年。

文責:岩根卓史



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研究会夏季合宿の報告につきまして

夏季合宿の各報告についての内容については、詳細が分かり次第、改めてご連絡致します。

何卒よろしくお願い致します。

広報:岩根
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