日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

6月27日例会宮本報告要旨

本稿は、ベトナム戦争の最中、1967年に書かれたものである。日本と中国における「革命」概念の違いを「革命」の変遷と意義の違いを指摘し、日中国交について妨げになっている「誤解」を解き、日本が中国の「革命」に対し「責任」ある行動をとることを求めるものである。当時の中国を取り巻く国際環境と文化大革命という状況の中、竹内は日本の政治的立場を認識し、中国の現状を何者かのフィルターを通して見ることに警鐘をならし、中国と「連帯」を求める。さらに竹内は、「革命」的な「うけつぐべき伝統」が中国にはあり、第二次大戦後の「国際独占資本からの解放の問題」として中国の「革命」は評価でき、「連帯」出来る存在と主張する。しかし、竹内が「中国」という政体と伝統を語るとき、「漢民族」という1つの民族しか出てこず、民間での日中間の交流を「裏口営業」としか評価できない。それが彼の限界であった。ただし、竹内にとって「中国」の近代とは何度もやり直しがきくもので、当事者がコースを選択できるものである。彼の「近代」概念の特徴もここにあったのではないか。

文責:宮本 敦恒
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6月6日例会田中報告要旨

本報告では、竹内好「中国の近代と日本の近代」の議論が、報告者の狭義の専門である思想史研究においてどのようにして言及されているかを取り上げた。その際には溝口雄三に主として言及した。溝口は、竹内の議論がヨーロッパ中心主義的であるとして、各国それぞれの「独自的近代」の在り方に着目する。それは「中国基体論」に帰着する。すでに伊東貴之や子安宣邦によって、「中国基体論」は一国史的な叙述として批判されている。しかしながら溝口は、ヨーロッパ由来の時代区分論あるいは発展段階論への批判として「事実」を重視しており、それが「中国基体論」の本来の眼目であった。ポストモダンを曲解した挙句「事実はない」とする歴史修正主義的な議論や、「科学性」ないしは「客観性」の安易な復権を提唱する(擬似?)実証主義的な議論が跋扈する現況を鑑みれば、先述の溝口の議論は、今でも有効性を保持していると言える。すなわち、溝口の議論は、「事実」を「他者性」と結び付けて理解するものであり、「自己」として飼い馴らす道具としての「理論」を常に更新するものとして読むことができる。その点では、岸本美緒や磯前順一、そして何よりも、竹内好自身の議論とも符合するところがあると言える。すなわち竹内は、(ヨーロッパ的な)「歴史」を生成する「場所」、言い換えれば(ヨーロッパ的な)「歴史」が成立する論理的前提を、「緊張の瞬間」と呼んでいる。これは、徹底して〈ヨーロッパ/東洋〉といった二項対立を用いながらも、その構造を内側からずらしてしまう、いわばヨーロッパの「外部」を示唆するものとして読むことができないだろうか。

文責:田中俊亮
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6月20日例会報告要旨

今回の報告では、竹内好『新編 日本イデオロギイ』に所収されている「国の独立と理想」を取り上げた。当文章が書かれたのは、1952年1月ごろであり、サンフランシスコ講和条約についての議論が盛んな時期であった。竹内は、占領軍の撤退がそのまま独立につながるとした意見を批判し、自らの独立論を述べている。竹内のいう独立とは、国が理想を持って内発的に行われるべきものであるとして、中国を一つの独立のモデルとして捉えている。以上のような内容要約を踏まえて、『世界』で組まれた「講和に対する意見・批判・希望」から、他の当時の知識人の意見を紹介した。また、竹内の主張がデューイや孫文の影響を受けている点を挙げて、竹内の考え方についての所見を述べた。
  
文責:原田 直哉
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6月27日例会につきまして

来週の例会について、お知らせします。

報告:竹内好「日本・中国・革命」(『竹内好全集』第四巻 筑摩書房 1980年)

報告者:宮本


よろしくお願いします。
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2013年5月20日例会討論要旨

今回は原田直哉氏から竹内好「国の独立と理想」についての報告があった。
まず、竹内の叙述内容につき質疑が行われた。松川氏から当時の講和・独立が外的なものであるため内的なものが必要ということなのか、竹内の言う「民衆の哀歓」とは具体的になんなのか。殷氏から理想として中国・インドを挙げているが、インドについて具体的にはどのように考えればいいかという質問がなされた。それに対し報告者は、竹内は詳しい説明をしていないが、少なくとも内的なものとは政府間でのやりとりに終始している状況ではないものが想定されると答えた。
ここで司会から、本報告では竹内がふまえたという雑誌『世界』のアンケートというものを実際見られているようだが、具体的にどのようなものかの補足説明が求められた。報告者は、このアンケートは5つの項目で行われ①講和に関する政府の発表は安心できるか②不安であればどんな点か③一言言いたいことは何か④発表は国民の総意か⑤講和は世界に貢献するかというものであったと答えた。これを受け石原氏から、アンケートに「国民の総意」というものが挙げられているにもかかわらず、竹内は「国民の哀歓」と言っている。この違いは何か。「国民の総意」とは社会的なものか、雑誌が設定したものかとの質疑がなされた。報告者は、違いについて明確なものは示すことができないが、少なくとも社会的な問題として「国民の総意」が反映されていないと考えているから、アンケートにこういう項が立てられたのであろうと答えた。
ここで松川氏が、中国の革命という契機を竹内がふまえていることを注意すべきではないか。同時代的なナショナリズムの問題、政治的問題と絡めて考えるべきではないかとの批判がなされた。これに対し報告者は、それが重要であると認識しているが今回はそこまで踏み込めなかったとした。これを受け、風間氏が当時の講和に対する立場として①とにかく独立を求める②全面講和なくして独立なし③全面講和に立ちながらも現状の把握を通じて全面講和を考える、という3つがあり、竹内は③の立場にアジア認識をふまえた点が特徴と考えられるのではないかと指摘した。報告者もこれに同意し、アジアというものがキーワードと考えるとした。
ここで松川氏は、アジアを考える言説は戦前・戦後日本通じて存在するが、戦後の言論の方がアジアを議論の内から切り捨てているように思う。アジアを語るときに誰かが作ったバイアスを借りて行っていると指摘した。報告者も、その質問の趣旨はよくわかる。そういう部分を考えていけば竹内が本稿で言う「理想」が見えるのではないかと答えた。
最後に風間氏が、当時の「近代化論」を受けて丸山真男は中国や日本独自の「近代化」があってよいと主張して論争する。竹内は「アジア的近代」を強調するが、その議論はどこまで有効なのか、いつの時代まで有効性を保持しえたのかを考えなければならないのではないかと指摘した。
竹内好を議論していく上で重要な問題点が提示されたという意味で、今回の討論は有意義なものであったと考える。

文責 宮本敦恒
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2013年6月13日例会討論要旨


討論は松本報告・岩根報告を一括して行った。松本報告における岡倉天心の「アジアは一つ」から竹内好は「方法としてのアジア」を読み取ったのではという結論に対して、結論が早急で分析方法を吟味すべきではとの指摘があった。この他、数点確認の質問が行われた。
 ここで司会から、両報告を架橋して論ずる視座として、大川周明のアジア観が岡倉天心に似ているという竹内の主張(「大川周明のアジア研究」全集p.194)があり、かつ松本報告が取り上げた「岡倉天心」は1962年、岩根報告の「大川周明のアジア研究」は1969年であり、その間には「日本のアジア主義」(1963年)があるが、アジア主義の中で天心・周明はいかに位置づけられるのかという提起を行い、お互いの報告を踏まえた報告者の感想を尋ねた。松本氏は、「美」や「儒教」といった根本的原理を持ってアジアを見ることに眼差しの近さがあるのではないかと答えた。岩根氏は、この質問は議論がぼやけるのではと司会者に苦言を呈しつつ、竹内の認識において「アジア」が拡張されてゆく点に注目していると答えた。
 続いて参加者からの質問を受け付けた。竹内の大川周明の評価が右翼・戦犯にも拘わらず甘いものとなっているのはなぜかという質問が出された。岩根氏は、1969年において固定的なイメージを破る意図を持って敢えて挑発的なことを言ってみたのではないか。戦時中の周明については竹内も評価しておらず、回教研究所での周明から語っている点が重要であると回答した。また、天心と周明が東西文明論で共通しており、天心は日本の外部を重視し、周明はアジア全体を重視したが、ここで日本の位置をどう評価できるのかという質問がなされた。松本氏は、天心の議論がインドも視野に入れていた点に触れて「アジア」に日本は帰るべきだが、現実には侵略を行った日本という図式があったのではと回答した。岩根氏は、日中対比で「アジア」を見る竹内の議論では、第一に日本は補助的役割しか担っていないこと、第二にその「アジア」は可変的で議論の都合に良いものとして扱われている印象を受けたことを述べた。

文責;冨山仁貴
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2013年6月13日例会松本報告要旨

本報告は、竹内好「岡倉天心」を題材にして、竹内による岡倉天心の読みを通して竹内の近代理解に迫らんとするものであった。最初に岡倉天心に関する研究史を簡潔にまとめ、竹内「岡倉天心」を前後する松本三之介と橋川文三の岡倉論を見てから、その上で竹内の岡倉論に入った。竹内の天心理解の要点は「明治国家の文明開化コースへの内在批判」としての天心を位置づけようとしたことにある。論点は三つあり、第一に天心の本領は日本美術院の創設を含むことを論じ、第二に「アジアは一つ」は理念であって現実認識ではない点、第三に伊沢修二との対抗関係で論じ、これらの議論をひとつずつ検討していった。かくして、竹内好は岡倉天心の「アジアは一つ」という命題に、「方法としてのアジア」を見出そうとしたのではないかと考えた。また、竹内は天心の行動に思想的意義を認めており、それを「抵抗」といった表現で表すことから、竹内自身の思想も岡倉天心の読みに反映されており、これが竹内の近代理解の一端でもあるとも考えた。さらに、竹内の天心理解と伊沢理解とを対比させて、〈帝国〉のなかでの芸術の位置づけがどう理解されるのか、という疑問点を提示した。最後に、本報告では十分に準備できなかったのだが、日本ロマン派による天心理解についても整理しておく必要があるという課題が残った。

(文責:松本智也)
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6月20日例会のお知らせ

今週の例会について、お知らせします。

報告:竹内好「国の独立と理想」(『日本イデオロギイ』、こぶし文庫、1999年所収)

報告者:原田


よろしくお願いします。
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2013年6月13日例会岩根報告要旨

本報告では、竹内好「大川周明のアジア研究」を題材として、竹内の大川周明論について考察を行った。報告では、この論文が本来講演という形で行われたものであり、要約を逐一するとむしろ論点が追えないと考え、報告では竹内の大川論のなかでも重要だと思われる、いくつかの発言に着目した。具体的には、まず、竹内の大川周明への評価について考察し、次に竹内好が戦時中に所属していた回教圏研究所と、戦時中における竹内の議論を追った。そのうえで、竹内が大川周明の思想的限界として捉えていた、「儒教」をめぐる視点などを考察した。しかしながら、本報告ではとりわけ竹内好の「アジア認識」の問題については、あまり触れることができず、その意味で課題も残ったものとなった。この点に関しては、他の参加者による報告を拝聴することで、さらに問題関心を深めていきたいと考えている。

文責:岩根卓史
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6月13日例会につきまして

報告題名と報告者は以下の通りです。

報告題名:竹内好「岡倉天心」(『日本とアジア』所収、ちくま学芸文庫、1993年)

報告者:松本

報告題名:竹内好「大川周明のアジア研究」(『竹内好セレクションⅡ』所収、日本経済評論社、2006年)

報告者:岩根


よろしくお願いします。
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2013年6月6日例会平賀報告要旨

竹内好「『中国文学』の廃刊と私」(『竹内好セレクションⅠ』日本経済評論社、2006年)を読み、竹内の『中国文学』の廃刊(=中国文学研究会の解散)に対する見解を考察した。まず「『中国文学』の廃刊と私」の紹介を行い、『中国文学』廃刊の三つの理由を要約した。次に丸川哲史氏や渡邊一民氏の評論を取り上げ、中国文学研究会と『中国文学』について、当時竹内が置かれていた状況についても触れつつ、竹内の主張を検討した。
最後に戦前と戦後で竹内の主張に変化があったのか否か、『中国文学』廃刊に対しての反応は如何なるものであったのかなどを課題に挙げた。

文責:平賀美沙貴
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2013年6月6日平賀報告討論要旨

本報告は、竹内好「『中国文学』の廃刊と私」を題材にし、中国文学研究会と『中国文学』についても言及したものである。

まず『中国文学』はどういう内容の雑誌かという質問が出た。これに対して報告者は、『中国文学』は魯迅の死後一年目に発刊されたこともあり、初期は魯迅について書かれたものが多く、他に中国語を音訳したものなどもあると回答した。続いて、1942年『中国文学』一月号に書かれた「大東亜戦争と吾等の決意(宣言)」の内容はどのようなものか、という質問が出た。これに対してフロアから、パールハーバーを契機とする竹内の高揚感及び戦争を肯定する内容であるとの返答があった。またこれを補足する形で宣言文の内容を朗読し、日中戦争に対する後ろめたさが、アメリカという「強者」に向かっていったことで解消したという面もあるとの補足もあった。ところで1943年という時代すなわち検閲や出版規制などの言論・思想状況も踏まえるならば、こういう時期に文章を書くことの重みも考えねばならないが、客観的に図るのが難しいという意見がフロアから出た。

ところで、「官僚文化」「自己否定」がキーワードとなるが、これを踏まえたこの時期の他の議論はあるのか、という質問が出た。これに対し報告者は、「自己否定」についてはよく出て来るが、「官僚文化」については確認できないと答えた。それに対しフロアから、「カンリョウ」とカタカナで書いたものを見たことがあるという発言が出た。戦後間もないころだと思われるが、「固定的」「新しいものが生まれなくなる」という否定的な意味合いで用いられているとのことである。

さて、「漢学」「支那学」を自己否定している点に関して、ここで措定されているものが何なのかという質問も出た。質問者は、竹内にとってこれらは体制に迎合しているものとして捉えられているのではないかと考えていた。これに対してフロアから次のような応答があった。具体的には措定しづらいが、アカデミズムに対して自己否定を呼びかけているのではないか。古い中国ばかり見ていることに対して批判し、現実の中国、現代中国に対する意識を向けようとした、という意見である。

最後にフロアから、この文章からだけでは竹内を理解するのは難しい。書簡集や日記などに、竹内の率直な意見があるのでそれを見ればよいのではないか、との意見が出た。それに対しフロアから、確かにそうだが、この場で全史料を踏まえた議論をするのは難しい、という反論があった。

かようにして、本報告においては活発な議論がなされ、今後竹内を考えていくための議論の材料が大いに提起されたものと思われる。

文責:松本智也(立命館大学大学院博士前期課程)
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6月6日例会田中報告討論要旨

本報告は、竹内好「中国の近代と日本の近代」を題材とし、溝口雄三が提示した「独自的近代としての中国」という視座や、溝口における「実像」概念について吟味し、改めて竹内好の議論を捉え直すために、「事実の他者性」という問題を組み込むことで、新たな竹内好をめぐる再読可能性を読み出していけるのではないか、という主旨の報告であった。質疑では、主に報告者による溝口雄三への理解について、いくつか質疑がなされた。例えば、溝口における「実像」という概念や、竹内好は「歴史としての事実」を重視しなかったのか、という質問が出された。また、溝口が「中国的近代」の問題を提唱した際に、念頭に置いていたのはむしろ島田虔次の研究ではなかったか、という疑問も呈された。その上で報告者が提示した、「事実の他者性」をめぐる視点の有効性についても討論が行われた。そして、報告において引用した竹内の文章の中で、報告者が重要な概念として解釈した「緊張の瞬間」や、「前進=後退」という用語について、フロアから報告者における解釈を求める質問も出され、参加者や報告者なりの解釈が提示され、本報告における質疑応答を終えた。

文責:岩根卓史
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6月6日例会につきまして

今週の木曜日の例会について、お知らせ致します。

今回の例会は、二人報告になります。

報告題名:竹内好「中国の近代と日本の近代」(『日本とアジア』ちくま学芸文庫、1993年所収)

報告者:田中俊亮

報告題名:竹内好「『中国文学』の廃刊と私」(竹内好セレクションⅠ』所収)

報告者:平賀美沙貴


よろしくお願い致します。
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5月30日例会殷報告要旨

竹内好『評伝 毛沢東』(『竹内好全集第五巻』筑摩書房、1981年)を読むことによって、竹内好の毛沢東観を取り上げ、日本における毛沢東研究の一側面を窺った。まずは『評伝 毛沢東』の作成背景を検討した上、章毎に本文の内容を要約し、特に竹内の井岡山時期の毛沢東の「無からの創造」、純粋毛沢東・原始毛沢東理論を比較的に詳細に紹介した。そして、「変動する永恒」をキーワードとして竹内の毛沢東論を捉えた孫歌氏、戦後日本におけるはじめて情熱的、かつ客観的に毛沢東を紹介した人物としての竹内好を賞賛した程麻氏の評論を取り上げ、竹内好の毛沢東観に対する中国学界の評価を報告した。最後に、日本学界における評価、竹内好自身の毛沢東評価の展開などの課題を挙げた。

(文責:殷暁星)
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5月30日討論要旨(殷報告分)

殷暁星氏によって、竹内好「『評伝 毛沢東』を読む」についての報告が行われた。要約をした上で、近年の中国の先行研究について若干の言及がなされており、中国、共産党、毛沢東に関わるそれぞれの出来事を併記した年表も付されていた。
 
報告者によれば、竹内好の毛沢東論に関する日本の先行研究は多くはないが、その点と関連して、風間健氏から「毛沢東から竹内を読むことで何が明らかになるか」という質問がなされた。これに対して報告者は、「竹内の毛沢東への眼差しは中国共産党への眼差しと重なっている」と指摘した。すなわち、毛沢東は中国共産党を論じるための手段として論じられている。また、竹内の文学論としても、毛沢東は重要であるとも指摘した。
 
次に、松川雅信氏から「根拠地は抵抗とも関わると思われる概念だが、根拠地に対置されるものは何か」という質問がなされた。報告者は「占領地である」と回答し、「根拠地」が変化するものとして捉えられているのに対し、「占領地」は変化しないものとして捉えられていると指摘した。(方阿離氏の報告の討論とも重複するが)風間氏の指摘する通り、「根拠地」は加々美光行の「無根のナショナリズム」(鶴見俊輔・加々美光行編『無根のナショナリズムを超えて』)とも連動する概念であり、宮本敦恒氏は1950年代の日本ナショナリズムに規定された竹内が、その眼差しをもって毛沢東を論じていると指摘した。竹内のもつナショナリズムをどう考えるかは、今後の議論でも深める余地がある課題であると言える。

文責:田中俊亮
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