日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

11月15日例会坂元報告要旨

「梵暦運動」の先行研究では、「運動」そのもので評価を下しているものが多い。そのため、「梵暦運動」の指導者であった円通の著作『仏国暦象編』に関する研究は少ない。「梵暦運動」に関与した者は、この書物に影響されていると考えられるので、『仏国暦象編』に関して研究を進める必要性を述べた。

 次に、「梵暦運動」が起こった時期の社会状況として、「地動説」が流入したことを指摘した。また、円通や「梵暦運動」の概要について説明し、インドの絶対視と西洋由来の説を「邪説」と見做したことが根底にあることを触れた。

 そして、わずかながら『仏国暦象編』の版本の状況とテクストの中身を分析した。版本の状況では、現存しているものでも出版年が複数存在することから、『仏国暦象編』は再版されていることを述べた。テクストの中身については、「暦法」という項目について多く述べられていることから、円通が重要視していると判断し、その上、「暦法」の項目は数多く批判さらされていることから、論点になりやすいと指摘した。
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例会の情報更新の停滞につきまして

皆様に大変ご迷惑をおかけしています。

広報担当の連絡先の変更に伴い、メーリングリストの登録が現在もできていない状況です。

担当の係が、いま遠方に滞在しており、連絡につきましても滞っています。

事態が解消されるまで、ご迷惑をおかけしますが何卒ご理解いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

文責:岩根
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11月9日例会討論要旨

今回は、Marra Salvatore氏が「世界システムと東アジア」という題で報告された。

 まず、報告者が山下範久の議論に即してウォーラーステインの議論を説明したことに関して、両者をどう理解しているのかが問われた。これに対して、山下は帝国の分離を指摘したものの、報告者は16世紀に世界中で人口減少といった類似の現象があったため、経済と帝国は分離しないとレスポンスがあった。

 次に、朝鮮侵略について、報告者は中国側の史料を読んだのか、確認の質問があった。この時点では、報告者は読んでいないとのことであったが、フロアからは、報告者の研究にあまり関係ないので突破口として朝鮮侵略を扱うべきという意見が出た。一方、理論派である山下と史料を読み込む村井章介を触れると、議論が大きくなるため、世界システム論ばかりを触れることに疑問を呈するものもあった。

 また、報告中に出てきた「明の回復」に関して、明への救援の是非をめぐる質問が出た。これについて、フロアから日本は明より清を優先したのではないかという意見が出た。別の意見として日本と朝鮮では事情が異なるので細かくると差異があるのではないかと指摘があった。

 さらに、報告者が世界システム論などを使う理由と、それへの応答に関して、欧米における世界システムの使用頻度の質問が出た。この質問への回答は、90年代から増加していったものの、朝鮮侵略は最新のものが30年前なので、少ないことを指摘した。最後に、朝鮮侵略と世界システム論をあえて関連付ける意義が問われ、方法として世界システム論を使うことが明示された。

文責:坂元
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11月1日例会討論要旨

今回は、王夢如氏により、明治初期における啓蒙思想家の宗教に対しての認識と、中村敬宇の受容したキリスト教理解についての報告がなされた。

質疑応答・議論では、まず、報告中に出てきた「三位一体」の説明と、使用の意味が求められた。これについて、報告者は、中村が「天」を強調するために、使用したものの、キリスト教の制度には関心が無かったことを指摘している。

続いて、報告中に触れられた『天道遡原』の説明と、その書物が日本や中村に与えた影響について議論がなされた。さらに、この議論に関連して、中村に関する史料で、キリスト教に言及しているものについて問われ、中村のキリスト教に関する認識といった議論に発展した。この議論の過程で、儒教で使われる用語も多用されていることが回答された。

また、中村の「敬天愛人」が生まれた経緯が議論され、「敬天愛人」の形成におけるキリスト教の影響力や儒教との関連性も俎上に載せられた。そして、この議論の延長上で、報告者が「敬天愛人」に着目した契機も問われ、中村の中国観の話にまで及んだ。

 ほかに、中村の著作で使われる用語が統一していないことから、キリスト教の影響について問われた。これについて、中村は信者ではなく、キリスト教を西洋の儒教とみなしているというレスポンスがあった。

文責:坂元宏之
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10月18日例会報告要旨

本報告では北岡伸一『官僚制としての日本陸軍』(筑摩書房、2012年)の書評を行った。序章では日本の近代陸軍の建設での課題と明治憲法における政軍関係、そしてインフォーマルな形で陸軍内部を結合させた「派閥」について述べ、第一章では日本の政軍関係における統制の在り方を提示し、最終的に統制可能な「権力核」が排除され、下部が権力を掌握する責任の所在の分散化を招き、最終的にはハンチントンが『軍人と国家』で指摘した「プロフェッショナリズム」の欠如を指摘する。第二章では二重外交や軍の暴走を生み出す結果となった日本の政軍関係をいわゆる「支那通」とよばれる陸軍官僚に注目して、その特質を示した。第三章では1930年代前半における陸軍内部の宇垣・南系、皇道派、統制派といった派閥の国防政策とその対立による日本政治への影響について考察し、第四章では満州事変から敗戦に至る時期までの宇垣一成の軍事・外交政策やその背景にあった国外・国内情勢認識を検討し、軍備近代化とワシントン体制の枠内への志向を指摘した。

まず本書においては、近代の軍は巨大な官僚制であり、統帥権が過大視されがちであったが、官僚制としての陸軍においても「予算と人事」が重要であったと的確に指摘した。しかし議論されている政軍関係の統制について、統制は調整の失敗における最終的決定を下す位置のものである。むしろ政軍両者は不可分なものとして常にせめぎ合いを演じ、そしてそれを描き出すことが政軍関係史として重要であり、また昭和期の陸軍の崩壊について統一的な意思形成の喪失する過程という本書の見方に対して、軍の政策構想そのものの破たんとする見方をどうするのかという提起、そして宇垣一成研究の展望として、なぜ宇垣が政党政治を容認したのか、そして1930年代において延々と宇垣政権が期待され続けたこと、そしてその期待を背負った宇垣政権運動を総体として捉え、かついかに前述のような「政軍関係史」の中に位置づける必要があるという所感を述べた。

文責:山口一樹
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10月11日例会報告要旨

昨今、官僚批判を目にしない日はない。近年は日本近世史の分野からも現代の問題と関連づけ、「幕藩(幕府)官僚制」という視点から研究が行われてきた。制度史、特に、計量的な分析を伴った職制の基礎研究に端を発し、「領主」と「官僚」、2つの性格を持つ担い手を論点としながら、幕藩体制下の「行政」機構の解明は進んだ。一方で、各国の「官僚制」との比較研究も経た今、江戸時代において「官僚」や「行政」という分析概念を定義する段階にはまだなく、まず実態を紐解く仕事が目指されている。しかし、従来の研究対象の中心は武士であり、徳川将軍家内の機構に組み込まれた武士以外の存在への関心は希薄であった。そこで本報告では、近世の文書管理システムとの関連にも注目し、17世紀中葉までの「坊主衆」、中でも儒者、医者、同朋、茶人といった存在の実態解明を試みた。将軍に近侍し、医術や茶湯、能、文筆だけではなく、大名の取次という職掌を担っていた様子の把握とともに、地図史料の分析から、寛永期の江戸ではまだ定まらない彼らの〝位置〟を空間的にも検証した。

文責:股座真実子
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