日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

6月21日例会報告要旨

先日の例会報告の要旨についてお知らせします。

よろしくお願いします。

【報告要旨】
本報告は、丸山真男『「文明論之概略」を読む』下巻の第十六講「日本には政府ありて国民なし」と結びの「『緒言』と本書の位置づけ」の内容を要約した。そして、本書以外の諸論考を参照にしながら、丸山の中国観について考察を試みた。

まず、内容の要約を行った。
権力の偏重の問題性を政府と人民との関係だけから見ていなく、日本ではあらゆる人間交際の中に、権力の偏重が構造化されているというのは福沢の最も独創的な思想である。治者は一切の社会的価値を独占して被治者をコントロールするがゆえに、被治者の側には、自ずから政治的無関心だけでなく、一切の社会問題に対する傍観的態度が生まれる。

つぎに、丸山の中国観の考察した。
三民主義は伝統的儒教とは系譜を異にしながらも、中国の国民大衆の内面的意識によって支持されることで、当面は中国の分裂をもたらしながらも、確実に中国の停滞性を打ち破っていくように思えた。

本報告には未熟のところはまだあるので、残された課題は研究会の討論を通じて深めていけばと思っている。

文責:王夢如
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6月28日例会について

6月28日例会についてお知らせします。

よろしくお願いします。


報告:丸山眞男『忠誠と反逆』「思想史の考え方について―類型・範囲・対象―」 

報告者:股座真実子
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6月28日例会以降について

次回例会からは、丸山眞男『忠誠と反逆』に課題本が変わります。

担当と報告予定は下記の通りです。

よろしくお願いします。

【予定】
6月28日 「思想史の考え方について―類型・範囲・対象―」 報告者:股座
7月5日  「歴史意識の「古層」」 報告者:坂元
7月12日 「忠誠と反逆」 報告者:許


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6月21日例会討論要旨

先日の例会についての討論要旨です。


【討論要旨】

今回の報告は、丸山眞男『「文明論之概略」を読む』下巻の内容要約を中心にした報告だった。

まず、戦時中の中国における政権のあり方について、事実確認に関する質問がなされた。

討論では、主に丸山における「愛国心」をどう考えるか。また、福沢が考える「儒教」とは何か、という質問が行われた。

そのうえで、福沢における「封建」と、丸山における「封建」とは意味内容が違うのではないか、という主題に関して討論がなされた。

また、丸山は「国際法」を重視したのか、という質問も合わせて行われた。

三回にわたって、丸山眞男『「文明論之概略」を読む』について、考察を試みたが、

丸山の福沢論そのものがいかなる意味をもつのか、ということを明らかにするためには、

本書自体が論点が多岐にわたるため、さらに本書の分量の面でもカバーしきれず、

本来であるならば、福沢諭吉研究の動向なども付加したうえで、丸山の思想史的方法を考察するべきだったとも思う。

今後も、かかる経験を糧にしながら、研鑽を積んでいきたい。

文責:岩根卓史
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6月14日例会討論要旨

昨日の例会にて行われた討論要旨について、お知らせします。

よろしくお願いします。

【討論要旨】
今回の報告は、丸山眞男『「文明論之概略」を読む』中巻について、内容要約に重点を置かれたものだった。質疑応答では、報告者による所見や感想について、基本的な質問が出された。また、丸山における「史学史」としての福沢の位置づけなどの言及があるのか、という質問も出された。また、バックルの書物は当時どれほどの影響があったのか、ということについても質疑がなされた。さらに『概略』における「徳」と「智」の解釈についても質問がなされた。かかる質疑を踏まえながら、丸山がなぜ福沢にこだわったのか、そして、福沢のどの部分に丸山は共感したのか、ということについても質疑がなされた。最後に報告者から、本報告についての感想が述べられ、本日行われた例会での質疑を終えた。

文責:岩根卓史
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6月7日例会討論要旨

6月7日例会で行われた討論要旨についてお知らせします。

【討論要旨】

今回は岩根卓史氏によって、丸山眞男『「文明論之概略」を読む』上巻に関する報告が行われた。本報告において岩根氏は、丸山による議論を要約した上で所見を述べるという手法はとらず、むしろ丸山における福沢諭吉への読み込み、すなわち〈鏡像〉として本書におけるエッセンスを抽出した上で議論が展開された。討論においては、最初に丸山における〈鏡像〉として議論を構成するという手法は、従来いかなる研究者によってなされてきたのかという質問が出た。これに対し報告者は、主として子安宣邦氏や酒井直樹氏らによってなされてきたゆえ、自らもかかる先学の成果に依拠しながら論じたという旨を明らかにした。次に報告者による丸山論の先行研究の整理に関して質問が出され、これに対して報告者はあくまで管見の限りであると応答した。また丸山にとっての〈近代〉とは、果たしていかなるものかという質問も出された。これに対し報告者は、丸山における〈近代〉とは実態として存在するものではなく、丸山を取り巻く時代の文脈によって絶えず変化するものであるとしたが、さりとて丸山において、〈主体〉をいかに〈作為〉するかという思想課題に関しては終始一貫したものであろうと答えた。この議論に関して、むしろ丸山における〈近代〉とは〈作為〉的な〈主体〉であり続けようとする志向性の上に存在するものなのではないかという意見が出された。そのほか、世代間・専門領域間における丸山認識の齟齬という問題点に関する指摘も出た。かかる一連の討論に関しては、丸山を彼のみとしてではなく、同時代的なコンテクストの上に位置づけて考察する必要性があるのではないかという問題提議もなされた。

ともあれ、丸山における福沢論という位置づけの本書から、いかなる議論を作り上げていくのかが次の二回の例会における課題となる訳であるが、その意味では今回の岩根氏による報告は極めて示唆に富むものであったと思われる。

文責:赤間宏貴
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6月14日例会について

今週の木曜日の例会についてお知らせします。

テキスト: 丸山眞男『「文明論之概略」を読む』中巻

報告者:赤間寛貴


よろしくお願いします。
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6月7日例会報告要旨

6月7日の例会で行われた報告要旨についてお知らせします。

【報告要旨】

本報告は、丸山眞男『「文明論之概略」を読む』上巻を題材にして、

本書が、丸山における福沢論としていかなる位置づけにあるかということを考察した。

報告では、まず、戦時期における丸山の福沢論と、戦後直後の福沢論について、その〈作為〉をめぐる思惟をヒントにしながら、

その〈作為〉という論理自体は、丸山においては戦前も戦後も思想的に一貫していることを提示してみた。

しかしながら、また丸山の福沢論は戦前と戦時では論点をスライドさせながら論じている側面もあるため、

主に本書において頻出する〈機会主義〉や〈惑溺〉という用語に着目し、

本書以外の諸論考を参照にして、考察を試みた。

結論としては、丸山は福沢論を通じながら、それ自体がそもそも丸山の思想でもあるという意味で、

丸山自身を映し出すような〈鏡像〉としてあるのではないか、ということを考察した。

本書自体は、分量的にも多く、内容要約が難しいテクストであるため、

むしろ、論点を絞りながら報告した次第である。

本報告で残された課題は、また研究会の報告や討論などを通じて深めていければと思っている。

文責:岩根卓史
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5月31日例会報告要旨

5月31日例会での報告された要旨について、お知らせします。

要旨は下記の通りです。


【報告要旨】

丸山真男『現代政治の思想と行動』第三部「「政治的なるもの」とその限界」の内容を要約して紹介した。政治に関わってさまざまな視点から論を展開する第三部から抽出したものとして、戦前/現代(1945~1960)の政治の圧倒的な支配力に危機感を覚え、西洋のデモクラシーの移植と人々の不断の努力/政治参加によるその維持という一貫したモチーフが挙げられる。また、丸山真男のいう内部にありながら外部とも関係を持つという境界にいるべき存在としての知識人のあり方にも触れた。その上で、政治学研究史上の丸山の位置づけを検討した。政治学において、丸山は科学的学問としての政治学を作り上げ、そしてその基礎を築くのに貢献した人物であるとされる。そのため、多くの政治学者が丸山に触れ、その道を目指す、あるいは前進してきたといえる。その一方で、丸山の晩年~没後の1990年代後半~2000年代にかけて、丸山論は厖大に増える。そこでは、ポストモダン的にその時代の権力の中から丸山の理論をとらえようとするものがみられた。そこでは、従来の戦後民主主義の象徴とされる丸山真男像とは反対に、戦争協力論がみられるようになる。これらの動きに対して、丸山に直接影響を受けた世代は丸山の中で一貫したものを読み解くことでこれに対抗している。また近年では、東アジアの中でとらえるなど、学界の動向を反映したものもみられる。最後に、丸山が現代に投げかけている問題を提起した。

文責:石原和
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5月31日例会討論要旨

5月31日例会にて行われた報告の討論要旨についてお知らせします。

【討論要旨】

石原和氏により、丸山眞男『現代政治の思想と行動』のうち、第三部「「政治的なるもの」とその限界」についての報告が行われた。担当箇所を要約した後、第三部は政治学の領域の動向にも目配りがなされているという点から、政治学の領域での丸山の位置づけを探っていった。そうして、現代において丸山眞男を読む意義を考察した。
 
日本の政治学はここ20年でアメリカナイズされた。それ以前は丸山の議論の俎上で議論をしている状態だったが、近年は実際の政治の中でそれぞれのアクターがどのように動いていくのかという事に焦点が向き、経済や制度的な分析と絡めた計量的政治学が主流になっている。かかる方法論にあっては、丸山は評価されにくく、古典や規範、理論という扱いになっている。しかし丸山の提起した問題点が忘れられるという危機感もあり、そうした中、近年再び注目されている。
 
第八章の「現代における人間と政治」は61年に出されたのだが、安保闘争の挫折がその背景にあるのではないか、という意見があった。本書の出版後、丸山は現代政治には言及しなくなるが、これは、彼自身が高度経済成長を見通すことができなかったからではなかろうか。しかし死後出版されたノートによると、「自分が反時代的」というジレンマを丸山が抱き続けていたことが分かる。丸山は自立した「個」を強調してはいるが、それだけでは内面の世界に閉じこもってしまう事になるので、それに加えて、悩みながらも決定しつつ、その行動に責任を持つことが大事なのだろう。
 
また、丸山における「一貫したもの」が何なのか、ということについての議論があった。これに対して、「丸山の考える“近代”」の実現を阻んできたものが何なのかを追究することではないか、という意見が出た。また、丸山にとっての天皇とは何なのか、という質問があったが、現時点の議論の深度では、丸山は天皇については言及していないという結論に至る。ここから、丸山の戦中戦前の決定の仕方が見えてこないという意見も出た。
 
さて、90年代以降の政治改革の背景には、リーダーシップの欠如という問題がある。そうした中、学者もコミットして、小選挙区制などの政治改革が行われた。その結果、東京都や大阪に強力なリーダーシップを持つ首長が登場するようになった。しかし今こそまさに、「逆立ちした意識」という、丸山の持っていた問題点が再び浮かび上がっているのである。ここに、今丸山眞男を読む意義があるのではないだろうか。
 
文責: 松本智也
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6月7日例会の報告題名について

今週木曜日の例会で行う報告題名についてお知らせします。


【報告題名】

丸山眞男『「文明論之概略」を読む』上巻
―福沢論と「機会主義」への考察として―

【参考文献】

金杭『帝国日本の閾―生と死のはざまに見る』、岩波書店、2010年。

中野敏男『大塚久雄と丸山眞男―動員、主体、戦争責任』、青土社、2001年。

斎藤純一「丸山眞男における多元化のエートス」、『思想』883号、1998年。

報告者:岩根卓史


です。

報告では、丸山眞男『「文明論之概略」を読む』上巻を手がかりに、内容要約よりも、丸山眞男の福沢論を考察する方に重点をおきたいと考えています。

よろしくお願い致します。
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