日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

4月27日 例会予告2

(4月27日の例会報告は二人となっております)

議題:『近代仏教思想入門』を読む
テキスト:碧海寿広『近代仏教思想入門』筑摩書房、2016年
報告者:路剣虹

要旨:
 今回は、『近代仏教思想入門』をめぐって、近代仏教思想の展開を紹介し、そのうえで自分の近代仏教思想に対する考えを皆さんと検討したい。この著作は主に井上円了(1858-1919年)、清沢満之(1863-1903年)、近角常観(1870-1941年)、暁烏敏(1877-1954年)、倉田百三(1891-1943年)という五人をめぐって、日本近代仏教思想の展開を論じた。著者の研究によれば、この時期の仏教思想のキーワードは「哲学」と「教養」である。しかし、近代仏教思想への思索はこの一冊の著作を纏めて終わることではない。今学期他の資料やテキストへの勉強した上で、近代仏教思想について、より全面的に理解できる。

参考文献:
碧海寿広、『近代仏教思想入門』、2016年、筑摩書房。
大谷栄一、『近代仏教という視座 戦争・アジア・社会主義』、2012年、ペリカン社。
オリオン・クラウタウ編、『戦後歴史学と日本仏教』、2016年、法蔵館。
小川原正道、『日本の戦争と宗教 1899-1945』、2014年、講談社。
島薗進、『日本仏教の社会倫理――「正法」理念から考える』(第Ⅰ章、第Ⅵ章)、2013年、岩波書店。
林淳、「近代仏教の時期区分」、大谷栄一編『季刊日本思想史』七五号、2009年、ぺりかん社、3-11頁。

よろしくお願い致します。
PageTop

4月27日 例会予告

(4月27日の例会報告は二人構成となっております)

論題:「西村玲「近世仏教論」を読む」
課題論文:西村玲「近世仏教論」(『日本思想史講座・近世』ぺりかん社、2012年)
報告者:松本智也

要旨:

本報告は課題論文を要約した上で論点を剔出し、今後の研究会での議論の土台作りを目的とする。同時に『岩波講座日本歴史』など日本史の講座物シリーズで「近世仏教」が扱われている論文を発表年代ごとに検討し、この五〇年間で論点がどのように変化してきたのかを把握することとする。それにより課題論文で議論されている問題に対する理解の補強をはかり、今後の研究会での議論に資することとする。

参考文献:

藤井学「江戸幕府の宗教統制」(『岩波講座日本歴史11 近世3』岩波書店、1963年)
竹田聴洲「近世社会と仏教」(『岩波講座日本歴史9 近世1』岩波書店、1975年)
奈倉哲三「近世人と宗教」(『岩波講座日本通史12 近世2』岩波書店、1994年)
朴澤直秀「近世の仏教」(『岩波講座日本歴史11 近世2』岩波書店、2014年)

よろしくお願いします。
PageTop

4月20日 例会予告

タイトル:鎌倉新仏教の成立及びその組立て
報告者:張維薇(立命館大学 客席研究員)

参考文献
1、石田一良.日本思想史概論.東京:吉川弘文館、1963
2、赤松俊秀.日本仏教史(中世篇).京都:法蔵館.1967
3、辻善之助.日本仏教史(中世篇之一).東京:岩波書店.1947
4、木文美士.日本仏教史―思想史としてのアプローチ.東京:新潮社、1992
5、韋立新.宋元時期中日仏教文化関係.香港:開益出版社、2003
PageTop

2017年度新歓講演会及びお花見の会のお知らせ

謹啓 春の日差しが快く感じられるこの頃、桜も近く開花を迎えるとの予報となっております。
 つきまして、今年も恒例の新歓講演会及びお花見の会を下記の通り開催するとなりました。
 会員の皆様、また日本思想史研究会にご興味のある方々のご参加をお待ちしております。

-----------記--------------
新歓講演会 4月6日(木)16:30-17:30 究論館 1F プレゼンテーションルームB
        報告者:黄薇姍 
        報告テーマ:「明清交替期における長崎来航の唐人」
花見大会  4月6日(木)講演会後
        場所:平野神社 桜茶屋〔ひさご〕

お問い合わせ:shisoshiken@gmail.com
         080-9755-6290




新歓会ビラ
PageTop

2017年1月12日 例会報告要旨

論題:「柳宗悦とシャルロット・ペリアンの共鳴 ―1941年のペリアンによる展覧会を中心に―」
報告者:後藤智絵

柳宗悦は旺盛な執筆活動の中で、〈民芸〉以外の工芸をことごとく辛辣に批評していた。本報告では、フランス人デザイナーであるシャルロット・ペリアンの日本における産業工芸の仕事を柳が高く評価したことに着目し、柳が認めたペリアンの仕事の概要をまとめ、柳とペリアンの共通項と二人の関係性を確認した。
 ペリアンは1940年に1年間の契約で、「工芸品意匠図案ノ改善」のために商工省貿易局から当時の大臣よりも高い月給で招聘された。日本の工芸品の改良のためには、日本の伝統を踏まえるべきであると考えるペリアンにとって、柳は最も日本の伝統に精通した人物として捉えられていた。柳は当時、民芸論の建立から20年以上を経ていて、日本民芸館の館長をしながら地方の工芸の振興に取り組んでいた。ペリアンは柳から日本の工芸の情報を得ながら、日本での任務の集大成である「ペリアン女子日本創作品展覧会 2601年住宅内部設備への一示唆 選択 伝統 創造」というタイトルの展覧会を開催した。本報告では、この展覧会の図録に収められたペリアンの解説や、展覧会批評を中心とした文献を取り上げて解読した。
 このことから、柳とペリアンにはいくつかの共通項があることを確認し、同時に、ペリアンは柳の民芸運動に対して実は注意深く距離をおいていた様子もみることができた。つまり、柳が民芸運動を通して、日本の美のあるべき姿という基準を創造しようとしていたことに対しては、同調していたとは言うことが出来ず、むしろ民芸運動の本丸はそこにあることが読み取れたのである。しかし本報告では、二人の齟齬よりも共鳴しているところに重点をおいた。なぜなら、日本の工芸が日本らしさを国内外から問われはじめたこの当時、少なくともその指導を任されたペリアンの目には最も注目に値する作品群として、柳が見出した〈民芸〉の領域が選ばれたことは揺るぎなく、ペリアンの展覧会は、二人の共鳴を示しているといえるからである。

文責 後藤智絵
PageTop