日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。2014年度後期例会は、個人研究テーマ報告です。

2016年度日本思想史研究会合宿

本年度の思想史研究会合宿について

日程:9月18日~20日(二泊三日)
行先:三重県松坂市、伊勢市、新宮市(宿泊)
行事予定:
9月18日 本居宣長記念館旧宅(鈴屋)見学、神宮徴古館・農業館・美術館見学
9月19日 研究報告会及び懇親会
9月20日 熊野速玉大社及び神寳館見学・熊野古道散策、皇学館大学神道博物館見学、京都到着後解散

 本年度の研究報告会につきましては、個人研究報告(3名)及び書評報告(3名)を予定しております。研究会の時間割は以下の通りです。

●午前 個人研究報告会(40分体制、報告30分・質疑10分)
司会:殷曉星(立命・PD)

9:30~10:10 松川雅信(立命・D3)「近世農村の儒礼――上総道学に即して――」
10:15~10:55 富山仁貴(関学・D2)「現代の帝国主義論のための覚書――レーニン『帝国主義』100周年に向た若干の試論」
11:00~11:40 楊世瑾(立命・M2)「丸山真男の思想史研究の方法論の背景――いわゆるマルクス主義との関係を中心に」

●午後 羽田正編『グローバルヒストリーと東アジア史』(東京大学出版会、2016年)書評・勉強会(30分体制、報告20分・質疑10分)
司会:石原和(立命・D5)

13:30~13:40 肖月(立命・D2)「趣旨説明」
13:40~14:10 山口一樹(立命・D3)「中島隆博「東アジア近代哲学における条件付けられた普遍性と世界史」」
14:15~14:45 張琳(立命・D3)「フェデリコ・マルコン「思想の世界史は可能か」」
14:50~15:20 松本智也(立命・D2)「王振忠「東アジアを視野に入れた中国地域社会の研究」」

 以上、何卒よろしくお願い申し上げます。

広報:張琳
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7月14日例会 報告要旨

題名「「神代巻」の否定と「神道」の再規定――鈴木貞斎『神代巻存疑』と「朱子学化」の理路――」
報告者 松川雅信
要旨
 本報告では、崎門派の浅見絅斎門下で、なおかつ室鳩巣らとも交流のあった近世中期の儒者、鈴木貞斎(一六七五~一七四〇)における「神代巻」および神道をめぐる議論を、同時代とりわけ享保期の思想状況を俯瞰しつつ検討した。
 享保期の貞斎が直面したのは、「異学」殊に徂徠学の隆盛と、その他方での朱子学の不振という事態であった。(中国の場合であればいざ知らず)朱子学に関する認知度がもとより低い近世日本では、「気質不変化」を説く徂徠学が「聖学」として人口に膾炙してしまう恐れがある、と貞斎は説く。そこで貞斎は、「気質変化」によって「聖賢」に至る「学問」の必要性を只管に強調するわけであるが、興味深いのはその際に貞斎が、「学問」によって「聖賢」たり得た典型例として徳川家康をあげている点である。「軍法・兵学」によって家康が天下を奪取したとする既存の評価を論駁しつつ、貞斎は「経学」によってこそ家康は現今の天下泰平を築いたといい、「東照宮遺訓」に象徴される家康の知見には、今の多くの儒者達もこれにおよばないとする。このように貞斎は、「軍略家・家康」を「聖賢・家康」に転換することで、「学問」奨励を図る。これは、いわば近世日本に既存のものを「朱子学化」することで、朱子学を普及させんとする貞斎の戦略である。
 こうした「朱子学化」という戦略のもとで、「神代巻」も捉え直される。結論からいえば、貞斎の「神代巻」に対する評価は一貫して低い。というのも貞斎にあって、『日本書紀』は聖徳太子『先代旧事本紀』を下敷きにしており、編纂者の舎人親王はこのことを知ったうえで、仏法を斥けなかったという大罪を犯しているからだとされるからである。「神代巻」の内容に関しても、多くの記述が「陰陽」「道」に悖るものだとして論難される。ただ特筆すべきは、かくなる貞斎の「神代巻」批判はすべて、「神道」という立場に依拠することによってなされているという点である。貞斎は、伊弉諾・伊弉冉といった「祖神」や三種の神器等の価値それ自体は、毫も疑わない。これらは、朱子学の「道」を体現するものと考えられているのであり、むしろ「神代巻」やこれを奉ずる世の神道者達は、「神道」を貶めるものとして認識されているのである。すなわち、ここでも貞斎は「神道」を朱子学として捉えることで、近世日本における朱子学の拡散を企図する訳である。
 享保期には既に、多田義俊や太宰春台によって所謂「考証」的立場からする神道批判が登場している。『先代旧事本紀』が聖徳太子の著作であると見なす貞斎が、こうした議論を認知していたか否か、詳らかにはし得ないが、とまれ貞斎は「神代巻」を否定することで「神道」を「道」の側に救い出そうとしたのである。このことは、「儒教/神道・国学」や「儒家神道」という往時の思想史研究の枠組みには収まりきらない次元に、貞斎という儒者が存していたことを示していよう。
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7月14日 例会予告

報告一題名 「儒家的神話論の極北―鈴木貞斎『神代巻存疑』を読む―」
報告者 松川雅信
参考文献
荒木見悟「崎門学者鈴木貞斎について―一朱子学者の苦悩と転進―」『日本中国学会報』37集、1987年
清水則夫「鈴木貞斎の闇斎学派・仁斎批判と「心」の主張について」『日本思想史学』46号、2014年

報告二題名 「植民地期朝鮮『普通学校国史』教科書に見る日本書紀神代巻 ―1932・33年版を中心として―」
報告者 小谷稔
参考文献
磯田一雄『「皇国の姿」を追って ―教科書に見る植民地教育文化史』皓星社、1999年
旗田巍「朝鮮人児童に対する朝鮮総督府の歴史教育」旗田巍監修『日本は朝鮮で何を教えたか』所収、1987年、あゆみ出版
小沢有作「朝鮮における日本植民地教育の歴史」(同上)
参考史料
『普通学校国史 上下巻 児童用』、朝鮮総督府、1923年、復刻版(あゆみ出版、1985年)
『普通学校国史 第一巻』、朝鮮総督府、1932年、韓国国立中央図書館HP、(URL:http://viewer.nl.go.kr:8080/viewer/viewer.jsp、7月12日閲覧)
『普通学校国史 第二巻』、朝鮮総督府、1933年、韓国国立中央図書館HP、(URL:http://viewer.nl.go.kr:8080/viewer/viewer.jsp、7月12日閲覧)
手島繁雄『新制朝鮮普通学校国史教授書』、東京章華社版、1933年、韓国国立中央図書館HP、(URL:http://viewer.nl.go.kr:8080/viewer/viewer.jsp、7月12日閲覧)
『普通学校国史編纂趣意書』、1932年。復刻版(渡部学、阿部洋編『日本植民地教育政策史料集成(朝鮮篇)第19巻(中)』、1990年、龍渓書舎)
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7月7日 例会予告

報告一題名「「日の神論争」小考―――隠蔽される〈韓〉の痕跡をめぐって」
報告者 松本智也
参考文献
子安宣邦「一国的始源の語り」『江戸思想史講義』岩波現代文庫、2010年 初出は『江戸の思想』4、1996年
姜錫元『上田秋成の研究 朝鮮をめぐる秋成国学の世界』제이앤씨、2002年
史料
藤貞幹『衝口発』『日本思想闘諍史料』4、東方書院、1930年
本居宣長『鉗狂人』『呵刈葭(下)』『本居宣長全集』8、筑摩書房、1972年

報告二題名 「「現代中国における「日本の神話」の研究」」
報告者 楊詩雲
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6月30日例会 報告要旨

題名「育鵬社版中学校教科書『新しい日本の歴史』における日本神話」
報告者 富山仁貴
 本報告は育鵬社の中学校歴史教科書の背景およびその内容から、今日の右翼的歴史意識の一端とその日本神話の取扱い方を論じる。この教科書は1996年に生まれた右翼社会運動団体「新しい教科書をつくる会」を源流に持ち、右翼的立場から日本の「伝統」を重んじた新しい歴史観を作ることを目指した。その背景には、「慰安婦」問題の浮上や戦後50年の「村山談話」に対する、日本会議等の右翼政治勢力の反発があった。その後、「つくる会」は動揺と分裂を繰り広げ、今日は八木秀 次ら「日本教育再生機構」および「教科書改善の会」が中心となって育鵬社教科書は作成されている。第二次安倍内閣が彼らを代弁する勢力であることはよく知られているが、その狙いは教育を国家戦略と位置付けて、学校教育を通じたイデオロギー動員を衰退する日本社会の推進剤とすることである。彼らは歴史認識問題に強い関心を示し、近年、右翼メディアは「歴史戦」キャンペーンを行っている。
 さて、育鵬社教科書の原始・古代史分野は、①「わが国」「日本(人)」という言葉遣い、②対外関係や社会史的観点の忌避、③文化史評価の主観主義などいくつもの問題が見られる。日本神話に関してはコラム扱いとし、国生み・天の岩戸・因幡の白兎・三種の神器と天孫降臨・日本武尊のエピソードを紹 介する。しかし、戦前の国定教科書と違って取り扱われる題材は限られており、戦後日本の神話観の変化に伴う、ある意味で「貧困な」取扱いしかできていない。それでも神話を「歴史の事実そのものとはいえませんが、当時の人々の、日本の国の成り立ちについての解釈や生活のようす、ものの考え方、感じ方を知るうえで貴重な手がかりとなっています」とし、記紀が政治文書であることを抹消しようとしている。
 以上から言えることは、今日の右翼的な歴史認識は、歴史観と言えるようなものではなく、むしろ帝国主義的歴史意識であると言える。これは国内的の社会・経済敵には「新自由主義」と評価される今日の政治体制は、暴力を前景化させつつある世界体制のなかで経済的・軍事的な対外進出を狙 い、イデオロギー面では大国意識と危機意識を抱えているという特徴に基づく。ただし、このイデオロギーは国体論的歴史意識の復活を意味せず、神話においては「薄まった神話」しか動員することが出来ないでいるといえる。
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