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日本思想史研究会(京都)のブログ

本研究会は立命館大学を拠点に、歴史学・思想史の問題について時代・地域に捉われることなく、深く考えていく場として設立されました。

2020年7月8日(水)の例会予告

議題: 神島二郎の思想形成―― 一高在学時の論考を手掛りに
発表者: 立命館大学 福井優
日時: 2020年7月8日18時~
場所: Zoomでオンライン開催(参加希望者は前日までにshisoshiken@gmail.comにご連絡ください。)

〇要旨
本報告では、丸山眞男と柳田国男に師事し、『近代日本の精神構造』(1961)などの著書で知られる政治学者・神島二郎(1918~98)の、1930年代後半から40年代前半にかけての思想形成を検証する。先行研究において、戸邉秀明が1950年代の思想形成の検討を行っているが、それ以前の戦時下までさかのぼった検証は未だなされていない。そこで、これまで取り上げられてこなかった、神島が第一高等学校在学時(1939~42)に発表した諸論考を手掛りに、一戦中派知識人の戦争体験と原思想に迫る。
以上の検証によって、第一に、人間はそもそも他者との共同性を前提に存在し、個人と共同体の相互補完的関係性に着目する神島の戦後思想の萌芽が、すでに戦時下の学生時代にあったこと、第二に、その思想的背景には、戦争による死の必然性を前にした自我の解体的経験や、マルクス主義消滅後の昭和10年代の思想状況の影響があることが明らかとなった。また、それによって神島の戦前と戦後の思想的な継続と断絶が見えてきた。

〇参考文献
神島二郎『近代日本の精神構造』岩波書店、1961年
河野有理「「スキンシップ」と政治学」『偽史の政治学――新日本政治思想史』白水社、2017年、初出2013年
田口富久治『戦後日本政治学史』東京大学出版会、2001年、第5章
戸邉秀明「神島二郎の一九五〇年代と思想史研究の模索――「民衆思想史」に至る史学史的文脈の再定位」赤澤史郎・北河賢三・黒川みどり編『戦後知識人と民衆観』影書房、2014年


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2020年7月1日の例会予告

議題: 西田哲学に内在する帝国主義への通路 ――『日本文化の問題』と「東亜新秩序の原理」の分析から――
発表者: 大阪大学 眞田航
日時: 2020年7月1日18時~
場所: Zoomでオンライン開催(参加希望者は前日までにshisoshiken@gmail.comにご連絡ください。)

発表要旨
西田幾多郎(1870-1945)は、『日本文化の問題』(1940)および「世界新秩序の原理」(1943) において、「世界的文化」としての日本文化、また、「世界史的使命」を担う日本という理念を掲げ、国際社会において日本が果たすべき役割を論じた。この西田の議論には、帝国主義的とも受け取れる内容が含まれていたため、戦後大きな論争を巻き起こすこととなった。
しかし、その論争においては、西田が日本の侵略戦争・総力戦体制に加担したかどうかが主要な論点となっており、西田哲学それ自体に内在する帝国主義的な傾向に関しては、いまだ十分には検証されていない。
そこで本発表では、1940年代の西田が政権を批判していたこと、また、それにもかかわらず西田の主張に帝国主義的な傾向があることを指摘する。そして、そのような帝国主義的な主張を補強するために、後期西田の「絶対弁証法」の論理が西田自身の手によって歪曲されていることを明らかにする。

主要参考文献
古田光 1979「「世界新秩序の原理」事件考」(一)『西田幾多郎全集』第十四巻付録、岩波書店。
―――1980「「世界新秩序の原理」事件考」(二)『西田幾多郎全集』第十九巻付録、岩波書店。
今道友信 2011「西田先生と私――運命的緊張の永続――」 『西田哲学会年報』8巻、pp. 2030。
田中久文 2010「西田の国家論の特質とその問題点」『 西田哲学会年報』7巻、pp. 77-90。
上田閑照 1995「西田幾多郎―「あの戦争」と「日本文化の問題」」『思想』no. 857、pp. 107133。
植村和秀 2010「国家と歴史の側から、西田幾多郎を問いなおす」『西田哲学会年報』7 巻、 pp. 35-53。


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2020年6月17日の例会予告

議題: 『郷土研究』構想と「神道」研究--神道談話会の動向に注目して
発表者: 仏教大学 渡勇輝
日時: 2020年6月17日18時~
場所: Zoomでオンライン開催(参加希望者は前日までにshisoshiken@gmail.comにご連絡ください。)

発表要旨:
柳田国男(1875-1962)と高木敏雄(1876-1922)が創刊した『郷土研究』(1913-1917)は、これまで「柳田民俗学」の方法的な嚆矢と位置づけられ、同時代の「郷土会」からの連続性や柳田農政学との関係など、多様な側面から創刊の経緯が論じられてきた。
しかし、柳田と高木が「神道談話会」なる神道研究会ではじめて出会い、雑誌の計画を立てたことを、これまでの研究は情報としては共有しながら、「神道談話会」についての踏み込んだ考察はなされてこなかった。
本報告では、あらためて「神道談話会」の動向に注目し、大正期の「神道」研究のなかから柳田や高木の問題意識が立ち上がってきた側面を確認する。そして、『郷土研究』成立の新たな側面を指摘し、これまでとらえられてこなかった柳田の学的ネットワークの広がりを明らかにする。

主要参考文献:
大藤時彦『日本民俗学史話』三一書房、1990年
斎藤英喜『折口信夫――神性を拡張する復活の喜び』ミネルヴァ書房、2019年
佐谷眞木人『民俗学・台湾・国際連盟――柳田國男と新渡戸稲造』講談社選書メチエ、2015年
田澤晴子『吉野作造と柳田国男――大正デモクラシーが生んだ「在野の精神」』ミネルヴァ書房、2018年
花森重行「歴史地理学という場の崩壊――柳田国男・高木敏雄の久米邦武批判から見えるもの」『日本思想史研究会会報』第20号、2003年、352~361頁

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2020年6月10日の例会予告

議題:山田方谷の儒学思想の形成
    ―京都・江戸の修学時代を中心に―
発表者:立命館大学  古文英
日時:2020年6月10日18時~
場所:Zoomでオンライン開催(参加希望者は前日までにshisoshiken@gmail.comにご連絡ください。)

要旨
 岡山県高梁市(旧松山藩)出身の藩儒山田方谷は幕末期における松山藩の藩政を成功に改革させ、儒学者・教育者としても高名である。従来の研究において、陽明学という枠組み内で方谷の儒学思想を捉えることは多かった。本稿は、学派学統から位置づける考え方から距離を置き、方谷の京都・江戸修学時代を対象とし、朱子学的思惟の分解過程を視野に入れながら、丸川松隠、寺島白鹿、鈴木遺音、佐藤一斎などの修学経歴、朱子学・陽明学への認識などを考察する。考察により、単なる一つの学派として山田方谷の思想を捉えられないことを提起したい。

参考文献
 山田準編『山田方谷全集』明徳出版社、1951年。
 衣笠安喜『近世儒学思想史の研究』法政大学出版局、1987年。
 辻本雅史『近世教育思想史の研究』思文閣出版、1992年。
 マイヤー・アルムート「山田方谷の気一元論をめぐって」『東洋古典学研究』3集、p115~120、1997年。
 瀧川修吾「山田方谷と征韓論」『日本大学院法学研究年報』32号、p247~298、2002年。
 吉田公平「山田方谷の「気は理を生ずる」の説について」『集刊東洋学』100号、p289~305、2008年。
 原信太郎、アレシシャンドレ「山田方谷晩年期の『養気の学』と陽明学」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』p99~115、2010年。
 吉田公平『日本近世の心学思想』研文出版、2013年。
 等
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2020年6月10日の例会に関して

皆様

6月10日の第3回日本思想史研究会例会について、御連絡を差し上げます。
来週は、通常の研究報告と併せて、先日の例会で「山田方谷の自然感応論について」
を御報告された高偉高氏(広島大学)、そして古文英氏(立命館大学)を討論者に、
ディスカッション「山田方谷と幕末期の儒学思想」を開催いたします。

内容は、以下の通りです。
日時:6月10日(水)18時~
第1部 報告
 議題「山田方谷の儒学思想の形成ーー京都・江戸の修学時代を中心に」
 報告者:古文英氏
第2部 ディスカッション
 議題「山田方谷と幕末期の儒学思想」
 討論者:高偉高氏、古文英氏

参加を御希望の方は、前日(6月9日)までに
shisoshiken@gmail.comに御一報ください。
奮って御参加いただきますようお願い申し上げます。

山田方谷と幕末期の儒学思想

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